表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Special.1:秋】塞がれた唇 ―慰安旅行は下剋上!?―
89/154

[1] 〈N&M〉

「ん──!? お、お水っ!!」

「ヤタ──! モモたんの負け~~~!!」


 珠園(たまその)サーカスは団長の計らいで、二年に一度温泉旅行が催されている。前回モモは入団まもなくのことだったので、まだまだ団員達に馴染(なじ)めておらず、空中ブランコの師とも言える(うるわ)しき鈴原夫人の後を、いそいそと追いかけ回す状態だった。それもさすがに二年半が経ち、春の誘拐事件・夏の失踪事件も影響して、宴会でもすっかり打ち解けた様子だ。既に満腹状態の秀成達未成年組とちょっとしたゲームに興じ、『それ』はまもなく(うたげ)も終わりを迎えるといった頃の出来事だった──。


「あれ? モモたん、ドコ行くの?」


 急に立ち上がったモモに気付いて、雑技団のリンが隣の座布団から見上げたが、モモは何も答えずにゆっくりと上座(かみざ)の方へ向かっていった。


 良い心持ちで水菓子を食べている大人達の間を縫って、トテトテと歩いた真っ直ぐ先には、かなり酔っぱらった感じの(くれ)と談笑する、相変わらずしらふと変わらない凪徒(なぎと)がいる。


「……モモ?」


 目の前で立ち止まったモモを見上げ、リン同様疑問を投げる凪徒。が、突然モモが膝を折って座り込もうとしたので、真下にあるお膳をサッと横にずらし、驚いて彼女を見下ろした。


「あっぶねっ! おいっ、どうしたんだよ? って、お前、膝、はだけてるっ」


 慌てて指摘をしても、モモは浴衣の合わせを直す様子もなく微動だにしない。仕方なく自分の茶羽織を脱いでモモの脚を覆ったが、その途端少女はおもむろに膝立ちをした。


「お、前……」

「え?」


 『お前』と言ったのは凪徒ではなくモモだった。酷く低い地獄からのような声。左手が凪徒の右肩を(つか)み、右手が更に上を目指して──


「お前、お仕置き。デコ出せ」


 ──ええっ!?


 聞こえたモモの台詞(セリフ)に絶句して硬直する凪徒。いや、其処にいる団員全員が、一気に金縛りに()っていた。


「も、もしや、凪徒のモノマネか!? 無礼講かっ!? いや、ついにモモの下剋上かぁっ!? ……いでっ!」


 隣の暮だけが(たの)しみながら、その一部始終を声高(こわだか)に実況したが、すぐさま凪徒の左手が、暮の腕をつねり()めさせた。


「何で俺がまたデコピンされなきゃいけないんだよ! モモ、お前もいい加減にしろっ」


 夏の失踪事件後の『お仕置き』と同じく、デコピン発射寸前の右手首を掴む。けれどあの時以上にいやに力の入ったモモの腕は、凪徒の抵抗をあっさり払いのけた。


「お、おいっ! やめろって!! お前のデコピン、超痛──」


 ──……スカッ……──


「え? あ、あれ?」


 凪徒が怖々(こわごわ)目を(つむ)り覚悟を決めた瞬間、そんな音でもしそうなほど、弱々しいモモの指が宙を蹴って、次には凪徒の胸に顔を突っ伏していた。


「おー!! 今度はモモの告白タイムか!? それとも色仕掛けか──!?」


 全体重を自分の胸に預けられた凪徒は、一瞬訳が分からなくなった。モモの両肩に手を置き、彼女を自分から引き離して見つめる……と、或ることに気が付いた。


 ──こいつ……?


「わっ! 何だ!? 今度は凪徒の反撃か!?」


 凪徒は自分の両手の間で、どうやら眠ってしまったらしいモモの唇に顔を寄せた。完全に音のなくなった世界で(ただ)一つ、皆の息を呑む音だけが響き渡る。が、実際唇に寄せられたのは、凪徒の形の良い鼻先だった。そして微かに──香る……日本酒……?


「誰だ~っ! モモに酒呑ませたのは!!」

「「「へっ!?」」」


 凪徒の大声に、全員の口から(こぼ)れ出す驚きの声。


 それからしばらくシンと静まり返ったが、おどおどと片手を上げたのは、先程までモモの隣にいたリンだった。


「も、もしかしたら……さっきみんなでお寿司のワサビ・ロシアン・ルーレットやってて……モモたんが当たって「お水~」って言ったからコレを……」

「あー! それ、俺がそっちに行った時に忘れてきた冷酒……(ほとん)ど無いじゃないかよ~」


 リンが手に持ち、指し示したグラスには、遠目では分からない程の僅かな液体が残されていた。


「ったく! 暮、んなもん、未成年の所に置いてくるな! リン、ちょっと水貰ってこい!」

「ハ、ハイっ」


 慌てて出口を目指したリンに秀成も続く。凪徒は目の前でスヤスヤ眠りこけたモモを、仕方なく自分の左腕で抱え込んだ。やがてなみなみと水の入ったボトルとグラスが、リンの手によって運ばれた。


「モモ! 起きろ、ほら、水飲めっ」


 注がれたグラスをモモの唇に近付けると、眠ったままでも本能的に飲み出し、凪徒は少しホッとする。


「口移しで飲ませちゃった方が早くないか~?」


 暮は相変わらず横から茶々を入れたが、凪徒はギロッとそちらを振り向いた。


「元はと言えば、お前の所為(せい)だ! だったらお前がやれっ!!」

「いいのか~? お前がいいって言うなら、ホントにやるぞ~~~」

「……よっ、良くない!! ──あ! もちろん()くまでも、モモの主観で言ってるから誤解すんなっ」

「ふーん?」


 うっすら顔を赤くした凪徒は、横目で(もてあそ)んでくれた暮を無視して、再び(ふところ)の中のモモに視線を戻した。いつまでもチョロチョロと水を飲み続けているモモは、まるで大きな()飲み子のようだ。


「まったく……急性アル中にでもなったらどうするつもりだったんだ……リン、お前、モモと部屋一緒だったよな? 連れていくから鍵開けろ」

「ハーイ! ヒデナー、また後でネ」


 リンは茶羽織の内ポケットから和柄の巾着(きんちゃく)を取り出し、部屋の鍵を手に取った。モモを抱き上げ立ち上がった凪徒を、誘導するように歩き出す。何故か何処(どこ)からか女性達の黄色い歓声が上がったが、凪徒はそれも無視して軽々と歩を進めた。


「凪徒~、送り狼になるなよ~」

「うっさい、バカっ!!」




挿絵(By みてみん)




 背後からの暮の冷やかしに、まるで本物の狼のような(うな)り声を上げて立ち去る凪徒。再び賑やかになった宴会場から、(ふすま)一枚(へだ)てた廊下に出て、ようやくホッと息を吐く。


「ナッギー、こっちこっち~」

「ナッギー? ああ、俺のことか」


 もはや「変なあだ名で呼ぶな」と改めさせる気にもならず、全く動く気配のないモモを、(いざな)うリンに続いて運んでいった──。




★秋編は短いですので、このまま後半を更新致します。『次の話』をクリックしてお進みください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ