[42]逆転と反転
★少し前に投稿しました前々話からご覧ください。
今話が夏編最終話になります。
モモ達四人は隼人・杏奈・高岡に別れを告げ、凪徒の運転で本社ビルから程近い寺院を訪れた。
途中立ち寄った花屋で手に入れた供花と、深く長い心からのお礼の祈りを捧げる。モモが顔を上げた時には、まだ凪徒の横顔は目を閉じていた。きっと沢山報告することがあるのだろうな、とモモは静かに立ち上がり数歩下がって、ジリジリと音を立てそうな陽差しの中の屈んだ広い背を見守った。
桜邸に荷物を取りに戻り、そこからは暮の運転でサーカスへの帰路に着いたが、余り会話は弾むことなく夕方には駐車場に辿り着いた。団長に報告するべく立ち去る凪徒に、モモは用が済んだら会議用プレハブに来てほしいと一言伝え、四人はどことなく気まずい雰囲気のまま解散となった。
☆ ☆ ☆
「モモ? まだいるか?」
団長室での謝罪と報告は小一時間に及んでいた。団長は相変わらずのつぶらな瞳を更に小さく細めてにこやかに話を聞いたが、凪徒は団長が普段と変わらなければ変わらないほど言葉が上手く出てこなかった。それでもポツリポツリと話は紡がれて、目の前で自分とモモの退職願が破かれ、この二週間の騒ぎは静かな結末を迎えた。
「……ん……? あっ、すみません!」
モモが待つプレハブの扉を開き、凪徒は特に彼女を見つけた訳でもなく声をかけた。背を向けてテーブルに突っ伏していたモモは、ハッとして上半身を跳び上げ返事をする。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。凪徒へと振り向いた眠気眼が、はっきりその姿を捉えようと瞼をパチクリさせた。
「悪かったな、疲れただろ?」
「いえ……夕陽が気持ち良くって」
テーブルの奥に回り込んで目の前の席に着いた凪徒の後ろを望んだが、もう夕焼けの紅い光は差し込んでいなかった。四角く切り取られた黒い背景は、凪徒が下げたブラインドの薄いグレーに変えられていった。
「何か……まだ言いたいことがあって呼んだか?」
モモの沈黙に戸惑うような凪徒の問いかけ。
「いいえ」
少女はやっと鮮明になった視界を少々上げて、真っ直ぐに凪徒を見つめた。
「じゃ、何だ?」
カタン……モモは答えずに椅子を引いて立ち上がった。今度は凪徒が見上げて黙る。
──モモ?
右手がゆっくりと近付いてきて、自分の顔の少し上で止まった。そして一言。
「先輩、お仕置きです。おでこ出してください」
「──えっ?」
驚きながら寄り目で見つけたモモの手先は、デコピン発射前の態勢に整えられていた。
「ちょ、ちょっと待て! 何で俺がお仕置きされるんだよっ!!」
慌てて押さえようと伸ばした手から、モモの手は一度逃げ、逆に凪徒の右手首がモモの左手で押さえられる。それでも凪徒はもう片方の手で何とかデコピン準備中の手首を掴んだが、モモの対抗する力は意外に強く再びその射程圏内に戻ってきた。
「みんなに沢山心配掛けたじゃないですか! あたしが代表して先輩にお仕置きします!!」
「い、いや……あれは不可抗力だろ!? サーカスを解体させるって脅されたんだぞ!」
「それは先輩が黙っていなくなってから分かった話じゃないですか! 往生際が悪いですよ~男だったら覚悟決めてくださいっ!」
しばらく二人の攻防は続いたが、モモの最後の言葉で凪徒は大人しくなった。ややあって左手を放し、髪をかき上げ目を瞑った。
「では、行きます!」
「お、おお」
神妙に息を吐き出すモモ。反面凪徒は息を呑んだ。そして──
──パチンッ!!
「いっ……いって~~~!!」
すぐさま額に手をやって大きく叫んだ凪徒に、満足そうなモモの笑顔が向けられた。
「モモっ! 俺だってこんなに痛いデコピン、お前にやったことないぞっ!?」
「何言ってるんですかっ。あたしが受けてきたのは、この何十倍も痛かったんですから」
「嘘つけっ、俺のは絶対もっと優しい!!」
「嘘つきは先輩です~!」
小さなプレハブで繰り広げられる傍から見れば滑稽なやり取りは──本当に『傍から』見られていた。微かに開かれた扉と窓から覗く団員達。
──やっぱり、まだまだ『兄』と『妹』か?
微笑ましく見守る皆の心に浮かんだのは、そんな二文字であったでしょうか?
【後日談】
「モモが怖々言ってたんだけどさ~」
「ああ?」
翌日、公演後の暮と凪徒。
「少なくとも三回、杏奈さんにほっぺた触られたって……何でだ?」
「やっぱり!?……あいつっ!!」
凪徒はまるで「心配していた通りだ」という苦々しい表情をして、親指の先を軽く噛んだ。
「あいつは一人っ子なのと、忙しい親達にあんまり構われずに育ったせいか、変なシンドローム抱えてて、自分より小さくて肌触りが良くて可愛い物に目がないんだ。お陰で俺もあいつの背を抜くまでは、散々顔を触られて……危うく女性不信になるところだった!」
──何だ……さすがに『両刀使い』じゃなかったか。
珍しく興奮して饒舌な凪徒に、暮は引きつった笑いを返したが、
「あーでもそれって、お前がモモを「小さくて肌触りが良くて可愛い」って思ってるから心配してたんだよな?」
「……あ?」
思いがけなく突っ込まれた凪徒は、一瞬理解能力が欠落した。
「ちっがう! 俺は飽くまでも杏奈の主観でだなっ──」
「あ~いいよいいよ。ここはひとまず『そういうこと』にしといてやろう」
「暮~~~っ!!」
もちろん秀成の発信器及び盗聴器はバレ、凪徒の超高速デコピンが久々秀成の額に轟くことになりました。
あ、そうそう……“ハヤちゃん”から聞かされていた“タマちゃん”は、モモが凪徒の妹でないことを、ずっと前から知っていました。──あの狸おやじめっ!(by:凪徒)
【Special.1に続く】




