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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.2:夏】結ばれない手 ―彼のカコと彼女のミライ―
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[39]真実と真相

★少し前に投稿しました前話からご覧ください。

「何だ……似合ってんじゃねぇかよ」


 事情を聴いて社長室に足を踏み入れた暮の開口一番は、凪徒のスーツ姿を目に入れての皮肉の一言だった。


「うるせ」


 バツの悪そうな凪徒が即返し、ぶっきら棒にソファへと(うなが)す。それに続いて腰かけようとした秀成はニヤニヤ顔を我慢出来ず、コツンと一つゲンコツを喰らわされた。


「やぁ、久し振りだね、ハヤちゃん」


 一方高岡紳士も入室しながら、隼人に懐かしそうな声をかけた。


「やはりタカちゃんの仕業(しわざ)だったかい。いや……元は『彼』の画策なんだろう? 相変わらず手回しがいい……でも、タカちゃんが動くのも分かるね。確かに……とても似ているよ──明日葉君に」

「ああ」


 そうして紳士二人は優しい眼差しでモモを見下ろしたが、モモは思わずギョッとしてしまった。──か、『彼』って……ハヤちゃん・タカちゃんなんて会話からすると、きっと『タマちゃん』よ、ね……? ──珠園団長……もしかして先輩のお父様とも繋がっているんだろうか?


 が、その件については何も問い返せず、モモは凪徒の隣にいそいそと座り込んだ。


「さて……『(こと)』は十八年前に(さかのぼ)る。桃瀬君の母君は、とある名家でお手伝いとして働いていた」


 固唾(かたず)を呑んで凝視する六人の眼力(めぢから)にもたじろぐことなく、隼人は穏やかに話を始めた。


「大きなお屋敷であったからね、沢山の女中の中で覚えていられたのは、きっと君にも受け継がれた髪色と肌の白さだろうね。残念ながら名字は分からないが、少しだけ会話したことがあって、芙由子──私の亡き妻だが──と同じ冬生まれだからと、名付けられた『椿』という名が印象的だったこともあった」


 ──椿……あたしと同じ、花の名前。


 一区切り話して自分に視線を合わせた隼人に、モモは無言で小さく(うなず)いた。


「しばらくして彼女はその邸宅から姿を消し、次に見かけたのは出張先の宿に近い公園だった。独りでブランコに腰かけて、その時にはもう少しお腹が大きくてね、その中にいたであろう君に優しく歌っていたのを良く覚えている」


 そう説明した隼人の口元に宿る柔らかな笑みは、見たこともない母親の温かな笑顔を想像させた。


「彼女はとある当てを見込んでそこを訪れていたようだったが、残念ながら既に消え去っていたらしい。余り深くは明かしてくれなかったが、どうやら君のお父上は、椿さんが以前働いていた邸宅の(あるじ)だったようだ。が、彼は半年前に心筋梗塞で亡くなっていた。おそらくは、と思うのだが、彼は既に伴侶を亡くして久しかったから、椿さんを後妻として迎えるつもりはあったのだろう。けれど彼にはまだ成人前の娘が三人もいたからね、彼女達に話すタイミングを見極めている内に……という経緯(いきさつ)だと察せられる」

「……」


 モモとそこにいる残りの五人は、何も声に出せないまま(うつむ)いてしまった。母親はともかく、これでモモの父親は既に他界したことが明確になったのだ。


「私はその三人の娘達に事情を話しては、と持ち掛けたが、椿さんは一向に首を縦に振らなかった。思春期の娘達が最愛にしてたった一人の肉親を失い、そんな矢先に腹違いの妹を抱えた昔の女中が現れる……そんな衝撃的な事実で、少女達を傷つけるなんて出来なかったのだろうね。私は身重(みおも)の彼女を一旦自分の別荘に預かった。それで芙由子に相談してみたんだ。芙由子は即答したよ。椿さんにうちで働いてもらえとね。赤子を抱えてのお手伝いは大変だろうから、もし彼女が許すなら、その子を養女に迎えたらどうかとも……うちには息子しかいなかったからね」




 ──話が……繋がった……!!




 モモが凪徒と血の繋がり無くして『妹』になり得ようとしたのは、そういう流れがあったのだと判明し、全員の疑問が一気に腑に落ちた。けれどその内の三人に再びの怪訝(けげん)が湧き上がる──心筋梗塞で亡くなった父親と、三人娘のいる名家──それって……?


「拓斗と凪徒を椿さんに引き合わせたのは、芙由子との話がまとまってまもなくのことだった。あの優しい笑顔、お前も良く覚えているだろう? お前達は幼いながらも理解し誤解してしまったから、余り会話は弾まなかったが、椿さんはとても楽しそうだった。だが赤の他人を巻き込む訳にはいかないと思ったのだろうね、彼女はそれから数日後、忽然(こつぜん)と消えて今に致る──」


 ──お母さん……。あたしの知らないお母さんの笑顔を、先輩が知っているだなんて──。


 モモは隣に座る凪徒の表情を見上げるには、露骨過ぎる気がして諦めた。だが(かす)かに凪徒が膝に乗せた拳を、ギュッと握り締めるのが視界の端に入ったことを感じた。


「桃瀬君、残念ながら私の知る椿さんはここまでだ。それと……お父上との血縁は、彼の三人の娘達から了承を得られれば、遺伝子検査で明らかになるだろう。接触を試みるかね?」

「あ……い、いえ」


 いきなりの現実的な質問をモモは咄嗟(とっさ)(こば)んでいた。母親が義理の娘となる筈だった彼女達を想い、身を引いた辛い決意を踏みにじりたくないと思っていた。


「あたしの居場所はサーカスですから。これ以上はもう……」

「モモちゃん……」


 テーブルを挟んで真向かいに腰かけた杏奈が、切なく言葉を掛ける。


「まぁ……何はともあれ、これで一見落着ってことだな? なぁ、凪徒!」


 しんみりとした室内を一掃するように、明るい声を出した暮が凪徒の名を呼んだが、


「いや……まだ終わっちゃいねぇ! おやじ、杏奈、訳を聞かせろ!!」


 漂っていた温かな空気が一瞬にして()てついた──。




★次回更新予定は九月十四日です。

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