[37]啖呵と答え
★少し前に投稿しました前話からご覧ください。
「……駄目だ。俺は戻らない。もう、決めたことだ」
凪徒は相変わらずテーブルを見つめながら、横で直立するモモに答えた。悲痛な声が凪徒の苦悩を覗かせている。
「勝手に決めないでください。みんな、先輩を待っているんです!」
「駄目だっ、俺が戻ったら──」
「“サーカスが解体される”──から、ですか?」
「何で知っ……!?」
モモの答えにやっと向けられた憔悴した顔は、冷静な少女の姿に再び硬直した。
「団長からお墨付きを頂いてきました。解散させられたら、何度でも作り直すって! だからって訳じゃないですけど、先輩は帰ってきていいんですっ。だから!」
モモは依然凪徒へ一直線の手に力を込めた。もうこれ以上は無理だというほどに張り詰められた五本の指。モモは潤んだ瞳から涙が落ちないようにキュッと歯を食いしばり、もう一度唇を開いた。
「妹でも何でもいいです! 何でもいいから……また、あたしの前に立ってください! あたしの高い壁になるって決めたのは、先輩ですよねっ? 途中でやめるなんて、それこそ、男が、すたるんじゃ、ないんですかっ!?」
「モモ……」
思い切り声を張って飛び出させた言葉は最後には切れ切れになったが、全ての想いを吐き出せた気がした。呼吸を整えるために上下に波打つ身体は、ただひたすら凪徒の姿がぼやけないように瞳に意識を集中させている。けれど当の凪徒はモモを見上げたまま一ミリも動かなかった。
「あ……あ……」
全員の沈黙に耐えかねたように、モモの口から言葉が零れた。
「せ……んぱい、は──」
「俺は……?」
興奮した心とは違う、どこか別の思考が勝手に喋り出した。その続きを待つように凪徒が問い返す。
「先輩は……あ、あたしの『相棒』、なんです!」
「……どこかで聞いた台詞だな」
凪徒の表情に僅かな変化が帯びた。
「せ、先輩のいないサーカスなんて、『麺のないラーメン』です!」
「それもどこかで聞いた台詞だ」
少しだけ意地悪そうに細められた眼と、愉しそうに上がる右の口角。
「そ、そうでしたっけ……?」
反面モモはおどおどと挙動不審になり始めた。自分が一体全体何を口走っているのか、もはや自分でも分からなかった。
「ありがとな、モモ」
フッと笑い、そう言いながら立ち上がる凪徒。モモに近付き、ポンと頭に乗せた手を、次には右肩に置いて、その手で少女を引き寄せた。
──先輩……手、繋いでくれなかった……。でもきっと、これが『妹』の距離、なんだ──。
モモは頬に押し当てられた凪徒のスーツに、密やかにほんの少し、涙の跡を滲ませる。
「わりい、おやじ。まだ帰れる場所があるみたいだから、俺、帰るわ」
凪徒はモモごと扉の方向へ回転し、左手を軽く上げ出口を目指した。
「とりあえず帰るのは構わんよ。が、十月二十六日、必ず戻ってくるようにな」
「だから、俺は杏奈とは──!」
変わらず落ち着いたままの父親の呼びかけに、凪徒は振り返り声を荒げた、が──。
「杏奈君と結婚するのはお前じゃない。──この私だ」
「ああっ!?」
驚く凪徒とモモの視界に入ったのは、先程の凪徒と同じく意地悪そうで愉しそうな桜 隼人の微笑だった──。
★二つのどこかで聞いた台詞は、Part.1のどこかにございます。
★次回更新予定は九月十一日です。




