[33]兄妹と家族
★少し前に投稿しました前話からご覧ください。
「まったく似た者コンビだのぉ……」
「え?」
翌日火曜日の夜。モモは片付けを終えて、先に取り付けていた約束の時間に団長室を訪れた。
緊張の面持ちでテーブルの上に差し出された封書を見下ろし、目の前の団長が口髭をヒクヒクと動かしながら笑う。
「あいつも暮の部屋に、こいつを置いていった」
と、団長はモモの封筒の隣に、凪徒の辞表を並べると、
「似た者コンビではなくて、似た者兄妹なのかもしれませんね……」
モモも苦笑いをしながら一瞬切ない表情を上げ、再び俯いた。
「まぁ、それはさておき……わしはどちらも受け取る気はないぞ」
「も、もちろんっ、先輩の辞表は破棄してください! あたしが必ず連れ戻しますから」
今一度上げたモモの面差しには、強い決意が感じられた。
「どうやって連れ戻す? あいつのおやっさんは手強いぞ……との噂だぞ?」
「当たって砕けます。いえっ、砕けちゃダメなんですけど、とにかくやれるだけやってみます!」
「うーむ……」
組んだ腕から左手だけが右頬に伸び、しばし考えを巡らすようにさする団長。が、少しして「ちょっと待っとれ」と呟き、携帯で暮を呼んだ。
「凪徒もモモも、わしには大事な家族だ。辞表は何回出してくれても構わないが、二人の戻ってくる場所はここだぞ? 分かっているな?」
つぶらな瞳が三日月形に細められ、ゆったりとした温かな笑みがモモに向けられる。少女は瞬間身を縮めるように驚きを示したが、困った顔のまま無言で小さく頷いた。
「団長、入ります。……モモ?」
そんなやり取りからややあって暮がやって来たが、モモがいることは知らなかったらしい。戸惑いながらも同じ表情で見上げるモモの隣の席に着いた。
「明日、モモが桜家に赴くことになった。悪いが暮、同伴してくれるか?」
「え? あ、構いませんが」
「団長……」
暮は団長の依頼に驚きを示したが即答し、モモは相変わらず困惑していた。桜の家でどんなことが起きたとしても、サーカスのメンバーには何の影響も与えない。モモはそう決心していたのだ。
「では明朝営業車を貸してください。それと秀成も同行させて良いですか? あいつはなかなか役に立つので。モモもいいね?」
「……」
暮の提案で益々自分の意向とは真逆へ進む話に、モモは受け入れ難いという沈黙を貫いた。
「モモ」
が、それを察した団長が改めて名を呼ぶ。
「みんなに迷惑を掛けることになると心配しているのは分かる。だがの、迷惑を掛けられてこそ家族というもんだ。どうせだったら思い切り迷惑を掛けてこい。みんなにもそれを受け入れる覚悟はある」
「で、でも! 先輩のお父さんはサーカスに戻ったら解体させるって言ったんです。そんな訳には……」
その時、ガラリと団長室の引き戸が開かれ、咄嗟に振り向いたモモの大きな瞳には、暮の横顔の向こうに沢山の人だかりが映り込んだ。
「モモちゃん、水臭いわ。「解体出来るものならしてみなさい!」って啖呵切っていらっしゃい」
「え? ……──」
──夫人……、み……んな……?
狭い扉のスペースからニコニコした皆の笑顔が覗いている。
「みんなの言う通りだ、モモ。おれ達で凪徒を取り戻そう。春にモモを取り返した時とおんなじ気持ちで!」
「暮さん……」
暮は一度皆の方を向いた後、正面の団長に戻して頷き、そしてモモの方へ向き直し言った。その笑顔には揺るぎない意志が見える。
「大丈夫じゃよ、モモ。解体されたらまた作ればいい。何度でも作り直してやるぞ」
「団長……」
モモは忙しなく団長・暮・夫人をはじめとした団員みんなの顔を見つめ直した。──あの時の笑顔と一緒だ……あのパークで、あたしを見つけてくれたあの時の笑顔と──。
「秀成! 話は聞いてたな? 明日の朝八時に出発するぞ!!」
「は、はい~!」
ギュウギュウに折り重なる皆の背後から、こもった声で秀成の返事が返された。モモは立ち上がり、込み上げる気持ちが言葉を途切れさせたが、一生懸命に下げられた頭のてっぺんが皆の視界に入った時、「きっと想いは伝わった」と確信した──。
★次回更新予定は九月五日です。




