[30]生と死
「え!? とっ、盗聴っっ?」
「「しーっ! 声がでかいっ」」
事情を聞き出したモモの大声に、二人は自分の口元へ人差し指を寄せた。モモも慌てて両手で口を塞ぎ、背後の入口を心配そうに振り向いてみる。
「とりあえず今いいところなんだ。ちょっと聞いててくれ」
──いいところって……。
驚きの眼を両端の二人にキョロキョロさせつつ、モモもスピーカーから聞こえる会話に取り急ぎ集中することにした。
『と、とにかくご主人様にお伝えして参りますね!』
家政婦らしき女性の慌てた足取りが遠くなってゆき、やがて別の落ち着いた足音が近付いてくる。
『……やっと帰ってきたか。ちゃんとスーツを仕立ててくるとは……分かっている証拠だな』
──スーツ? だからあいつは道草食って、で、それで『ご立派』か。
凪徒の声をもう少し低くしたような父親らしき男性の発言から、暮は今までの会話を理解した。
『あんたが望んでるのはこれだろ? てっとり早く着てきてやったんだ。もしまだ杏奈がサーカスの周りをウロチョロしてるんなら、早く撤退するように言いやがれ』
──言いやがれって……。
さすがに内緒で聞いている三人も、父親に対する凪徒の口の悪さに苦笑いをしてしまった。
『随分な言われようだな。……杏奈君は私の意志で動いている訳じゃない。戻ってきてほしいなら、自分で三ツ矢の別荘に電話をするがいい。まぁ、お前達の挙式の準備も整えないといけないのだし、彼女にお前が帰ったと連絡すれば戻ってくるとは思うがね』
──挙式の、準備──。
モモはその二文字で、一度ギュッと目を瞑った。
『俺は杏奈と結婚する気なんてない。自分の相手くらい自分で決める。戻っただけでも十分だろう? 後継者としての条件はそれ以外全部呑んでやるから、あいつの話は今後一切持ち出すな!』
『ふむ……それは困ったな。三ツ矢との縁談話は進んでいてね……もう十月二十六日に式場も押さえてあるんだ。なら……お前の『妹君』に、杏奈君の従兄弟にでも嫁いでもらうかね』
『なっ……!!』
凪徒の驚きの声と共に、暮と秀成の視線がモモに集中する。モモはそれよりもその日程に驚きを隠せなかった。凪徒の兄──拓斗の生まれた日であり、亡くなった日でもある『十月二十六日』に挙式を行なうなんて──。
『あんた、とち狂ってるのか!? 兄貴の死んだ日に兄貴の婚約者と結婚しろなんて、良くもそんなことが言えるなっ!』
激しさを増す凪徒の言葉に、暮と秀成も更なる驚愕の表情で固まった。
『彼岸を除いた大安の日曜が、そこだということもあるのだがね……私には逆の発想があるのさ。生まれ・死んだ日──お前が杏奈君と結ばれることで、『拓斗』も再生するんだよ。お前と言う肉体を依り代としてな』
『何てことをっ……』
さすがの凪徒も言葉半ばにして口を閉ざしてしまった。
そしてこちら側で聞き入る三人も──。
「こ、このおやっさん、エラい怖いな……凪徒が帰りたくないのも、う、頷ける……」
「は、はい……」
「……」
暮と秀成のやり取りは、もはやモモの耳には届かなかった。この声の先が本当に凪徒の『場所』で、そして自分の『場所』なのだろうか? ──ここに戻った自分の想いに、自由は有り得るの?
『そんな悪魔に魂売ったようなあんたの元には戻れない。だったら俺は自分の場所に帰る』
『無理だよ、凪徒。お前が帰ろうとするなら、あのサーカスは解体させる。私の手に掛かれば赤子の手を捻るようなものだ……分かるだろ?』
『……おやじっ──』
その後の桜邸からは一切の言葉は聞こえず、ややあってドタドタと歩く音と、ドアの勢い良く閉じられた音が響いて何も聞こえなくなった。
「こりゃあ、強敵だな……」
背筋を伸ばして、暮が再度ぼやいてみせた。
「サーカスを解体だなんて──」
秀成も怯えたように呟く。そしてモモは──。
──どうしよう……先輩が……先輩じゃなくなっちゃう……──。
「モモたーん、ヒデナーいた? あ、みんな~ご飯冷めちゃうヨー」
三人を見つけたリンの呼びかけに、モモだけはじっと胸に手を当て、応えることが出来なかった──。
★続けて次話を投稿致します。




