[28]迷走と失踪
列車内は意外に空いていた。しばらく呆然と扉の前に立ち尽くし、流れる景色を目にしていた凪徒だが、ほっと息を吐き出し近くの座席に腰を降ろす。
──まったく……ヒヤヒヤさせやがって。暮が来たから良いものを……あんなことで怪我したら、俺はどうしたらいいんだよ……。しっかし何であいつら、俺の居場所が分かったんだ?
なすすべもなく見送ったモモの必死な姿を思い出し、途端胸の奥が握り潰されるように痛んだ。もう一度深く呼吸をし、俯いていた顔を上げる。首を傾げて背後の青々とした空を見上げ薄く笑う。
──もう……俺がいなくても、ブランコ乗れるよな、モモ──。
☆ ☆ ☆
「あいつ、迷ってたのかな……」
「え?」
サーカスへ戻る車内。運転席の暮がぼそっと呟いた疑問に、ようやく落ち着きを取り戻した助手席のモモが尋ねた。
「だって昨日の夜に出ていったんだろ? 一晩中駅の周りをうろついていて、もう翌日の午後だ。……ずっと行こうか戻ろうか、悩んでいたんじゃないのかな」
「……」
モモはその説明に視線を落とした。自分の叫びが不覚にも凪徒の背中を押してしまうなんて……。──でも……叫ばずにはいられなかったんだ。
「モモ……あの姉ちゃんから何聞かされたんだ」
暮が一瞬横目でモモの表情を探る。
「おれは団長から凪徒の過去と……モモとの『繋がり』を聞いた」
「えっ?」
後部座席の秀成が声を上げ、モモは困ったように背もたれに預けていた上半身を起こした。
「あたしも多分、暮さんとほぼ同じことを聞いたのだと思います……」
弱々しい返事が、エンジン音に掻き消されていく。
「そっか……。一人で抱え込むなよ、モモ。おれ達がついてる」
「……ありがとう……ございます……」
やがて駐車場に戻された営業車から降りたモモは、一つお辞儀をして足早に去っていった。残された暮に、依然疑問だらけの秀成は、
「暮さん、事情を説明してもらえませんか? 事と場合によっては、僕、結構役に立てると思いますよ?」
「え? あ、そうだな──」
──確かに。こいつのスマホがあれば、凪徒の居場所は把握出来ている訳だし──。
暮は秀成を伴い再び車を発進させた。遅い昼食を兼ねて近所のファミレスへ向かう。団長の口から出た衝撃の事実を順に話している内に料理がやって来て、二人はそれでも話をやめずに食事に手を出した、が──。
「「えっ!? あぁ? え──っっ!!」」
ほおばったご飯粒が二人の口から勢い良く飛び出し、お互いの頬にくっついた。
「モ、モモが……凪徒さんの妹!?」
「あの発信器が、盗聴器!?」
同時に叫んだ後に数秒言葉を失った。周りからのどよめきと沈黙が二人の飛んでいった意識を呼び戻したが、呆然としながら張り付いた粒を取り去るのがやっとだった。
「お、お前っ、何聞こうとしてたんだよっっ」
「あー……えっと、ただの実験のつもりだっただけなんですが……。ちなみに初め感度を調整するために聴いてみただけで、あとはボリュームをゼロにしたままです」
──やっぱり怖いぃ、こいつ……。
が、脳天にふと思いついたグッドアイディアで、暮はニヤリと笑い秀成の耳に口を寄せた。
「秀成! お前これからしばらく凪徒の会話を聞いていろ。あいつが実家に戻れば必ず父親と話をする筈だ。そこからあいつを取り戻す術を見つけ出す! 何かヒントになるような話が聞けたら逐一報告してくれ」
「い……いいんですか~?」
さすがの秀成も少々ビビリ出した。凪徒が戻った後に真相が知れたら、時々秀成も体験しているいつもの説教どころでは済まない筈だ。
「全部おれの仕業ってことにしてやるから心配すんな! そうだな……報酬は自動車教習所の費用三割負担でどうだ? 早くリンとドライブデートしたいだろ?」
「は、はいっ! その計画乗りました!!」
即決で元気な返事をした秀成は、満面の笑みで頷く暮とハイタッチをした。
──しっかし……春に起きたモモの誘拐事件に続いて、凪徒の失踪とは……まったくいつまで経っても落ち着かねぇ空中ブランコだな……。
目では笑っていてもつい引きつってしまう自分の口元へ、暮は再び飯をかき込んだ。
同様に喜び勇んで食事を始めた秀成も、しかしふと途中で箸を置き、
「でも……そうなると、モモの恋って叶わないんですね……」
「……ああ……うん……」
二人の胸には切ない想いが流れ落ち、そして明日から始まる凪徒のいない公演に、不安を払いのけられずにいた──。
★続けて次話を投稿致します。




