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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.2:夏】結ばれない手 ―彼のカコと彼女のミライ―
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[25]過去と未来

★少し前に投稿しました前話からご覧ください。

 一方、ピンク色の空気が辺りを立ち込める幻に翻弄(ほんろう)され始めたモモは──。


 ブンブンブンッ!!


 その(もや)を払いのけるように、一度首を勢い良く左右に振った。


「一緒に東京へ行って……思わなかった?」


 ふと立ち上がった杏奈が背を向け、首だけをモモに戻して問いかけた。


「自分が、『井の中の(かわず)』だと」

「……!」


 図星な答えに目を見開くモモ。──確かに……でも──。


「私の所に来て、もう一度勉強してみない? 高校へ進学して、大学にも通って……留学もいいわね。私、貴女なら素敵なレディになれると感じたのよ。ナギがブランコ乗りとして貴女を育て上げたかったように、私も貴女を一人前の女性に仕上げてみたくなった……悪い話ではないと思うけれど?」


 再び正面に戻ってきた杏奈の自信あり気な視線に気圧(けお)され、モモは刹那に首を下げ()らした。あの煌びやかな世界を眩しいと思った自分。──羨ましいと感じたのか? それとも?


「あ……杏奈さんが、あたしに(こだわ)る理由が分かりません……」

「理由なんて必要かしら。私は単に貴女を直感的に見出(みいだ)しただけよ」


 そう即答した杏奈の言葉には、偽りの雰囲気は皆無だった。真っ直ぐな気持ち。それをためらいもなく口に出来る女性。きっと淀みなく隆々(りゅうりゅう)と生きてきたからこそだ──モモはそう思った。


「あの……もしあたしが杏奈さんの元へ行ったら、先輩はサーカスへ戻れますか?」


 凪徒が自分のために戻りたくない世界へと足を踏み出しているのなら。まだその世界を『羨ましい』と感じられている自分が行った方が、抵抗がないかもしれない。


「んー……それって美しき兄妹愛? それとも師弟愛なのかしら? ……桜家のことは私には分からないわね。貴女が来ることでおじ様は満足するかもしれないし、それでもナギと私の結婚を進めるかもしれない……今の時点では何とも? でも二人共自分の場所が『ここ』だったのだと、気付けることは間違いないと思うけれど?」


 ──そうなのだろうか? そんなことって……──。


 モモは深く(うつむ)いて自分の両拳を見下ろした。凪徒の腕、手首、その手をずっと(つか)まえてきた自分の手。でも演舞以外で繋ぐことは出来ずにいた掌。そしてこれからも、きっとずっと握り締めることはない──『妹』として、以外には。


「杏奈さんは……先輩のことを、好き……ですか?」


 モモは震える声で問うた。顔を上げ、杏奈の瞳を自分のそれに映す。


「そうね……」


 突然の質問に、杏奈も驚いたようだった。


「昔のナギなら嫌いではなかったかも、ね。今の彼は私には分からないわ。臆病な子犬みたいにキャンキャン鳴いているようにしか見えない。いつからあんな風に弱々しくなっちゃったんだか……恋しちゃった思春期の少年でもあるまいし。でもそれが……『自分の場所』に戻ることで彼自身も戻るのなら。私にも受け入れる余地はあるわね」

「そう……ですか──」


 自分の意志とは違うところで、口が勝手に動き返答した。


 昔の凪徒。


 ──それが本当の先輩? 今の先輩は──?


「少し……考えさせてください……」

「大丈夫よ。良いお返事待ってるわ」


 杏奈が再び立ち上がり、モモもそれに続いた。


 サーカスまで送ると言われたがモモは断り、出口へと案内する杏奈の背中を追いかけた。別荘の敷地は広く、門扉に続く(ゆる)やかな坂を登りきるまで五分は掛かっただろうか。初めて会った時のように日傘の下で微笑んだ杏奈は、モモに帰り道を示して手を振った。振り向くことのない小さくなる背をいつまでも見つめながら──。




★次回更新予定は八月二十六日です。

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