[23]モモの母とナギの父
★少し前に投稿しました前話からご覧ください。
「あたしが……先輩の、いもうと……?」
その頃。モモも乾いた唇から出てきた言葉を、自分自身信じられないというように疑問符で終わらせていた。
「そう……でもまだ確証はないけれど。それにもしそうだとしても、母親は別よ」
顔の前で指を絡ませ、その上から覗くように向けられた杏奈の眼は鋭かった。
「ナギ自身から聞いた訳ではないけれど、その妹を探すためにサーカスへ入ったのだと思うわ。全国を回る巡業サーカス。だからこそナギは本名のままショーに出続けた。もしその妹が彼のことを聞かされていたなら……話は早いでしょ?」
──確かに……でも、どうしてそれがあたしなの……?
モモは杏奈の問うように傾げられた目線へ微かに頷き、続きを待った。
「ナギが六歳の冬だったわ。おじ様がタクとナギを連れて出掛けた先に、お腹の大きな女性が待っていて、おじ様は二人に言ったのだそうよ。「次の春、お前達に妹が出来るんだよ」って。でも幾ら経っても、その女性も赤ん坊も二人の前には現れなかった……ナギは子供心に母親を裏切った父親を恨んだみたいだけど、腹違いでも妹には会いたかったみたいね。兄と母を亡くして、父と縁を切ったナギは、唯一の肉親である妹を見つけたかったのよ。だから──」
そこで一旦口をつぐんだ杏奈は、再び冷茶に手を伸ばした。モモは幾ら唇と喉が潤いを求めても、その手は脚の上で握られたまま動かす気持ちにはなれずにいた。家族を失った凪徒──昔の自分と同じ……? ううん、きっと違う。初めから家族のいなかった自分とは明らかに……途中で失うことの辛さなんて……あたしにはまだ良く分からない──。
「私は残念ながら、貴女の母親かもしれないその女性とは、面識がないから何とも言えないけれど。昔タクから聞かされた話では、とても肌の白い、髪の茶色い大人しそうな女性だったそうよ。もちろん髪は染めていた可能性があるけれど、あんなに明るく染めるような感じの女性には見えなかったって。おじ様も言っていたわ。あの髪色は元々だったのだろうって。……おじ様に貴女の写真を見せたのよ。きっと多分……貴女は『彼女の娘』に違いないって答えたわ。どう……信じる?」
「……」
自分の母親が、凪徒の父親と……モモにはどうにも信じられることではなかった。でももしそうだとしたら……初めから凪徒は自分を妹として見ていたのだろうか? そして母親であるその女性は自分を施設に預けた後、一体どこへ行ってしまったのか。
「あ、あの……今って遺伝子検査とか簡単に出来るんですよね? その……先輩はあたしの髪の毛とかで結果を知ったんでしょうか?」
ふと思いついた証明の手立てを、杏奈にぶつけてみたが、
「そうね、調べたかもしれないわね。でもナギとは一対一で話していないから、私には分からないわ。だけど少なくとも『私』は調べたわよ。あの東京への往復で、毛根の付いた貴女の髪の毛なんて容易に手に入ったもの……そろそろおじ様の元へ結果報告が届いている筈よ。電話でもして確認してみる?」
「い、いえ……」
意外な返しにモモは慄いてしまった。あの連行にそんな意図があっただなんて。そして更に繋がった一つの疑問──凪徒が杏奈に髪を撫でられなかったかと心配そうに尋ねたのは、そんな意味もあったのかもしれない。
「でも、ね」
少し前の過去がモモの頭の中をグルグルしている間に、杏奈は気持ちを改めたのか、少し明るめの声を出した。
「私はナギが戻ってこようがこなかろうが、貴女が桜の人間であろうがなかろうが、一人の人間として傍に置きたくなった……って言ったら驚くかしら?」
「え……?」
──や、やっぱり、それって、そういう趣味が……!?
いつになったら平穏な気持ちに戻れるのだろう……モモは次から次へと溢れる驚きの連続に目の前が真っ白になりそうだった──。
★次回更新予定は八月二十三日です。




