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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.2:夏】結ばれない手 ―彼のカコと彼女のミライ―
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[21]抑圧と解放

★少し前に投稿しました前話からご覧ください。

「さてと……どこから話しましょうかね」


 杏奈はカーテン越しの淡い陽差しを背景にして、冷たい緑茶で唇を潤した。


「ナギには二つ年上の兄がいたの。名前は桜 拓斗(たくと)。私は二人の幼馴染(おさななじみ)で、拓斗の同級生……そして彼の婚約者だった」

「えっ!?」


 モモは思わず声を上げた。カランとグラスの中の氷が涼しい音を立てる。杏奈はそれをテーブルに戻し、モモに向けた眼差しは切なそうに潤んでいた。


「タクの話をする前に自己紹介が必要ね。私の名前は三ツ矢(みつや) 杏奈。きっと気付いたと思うけれど、桜と並ぶ三ツ矢家の一人娘よ」


 ──旧三ツ矢財閥──桜家と同じ日本四大財閥の一つだ……。


 モモは「理解した」と言うように、気管に入った酸素を一気に呑み込んだ。


「桜家と三ツ矢は昔からライバルでありながら、それなりに親交も深かったの。本家はとても近い所に在って、良く三人で遊んだわ。それを見た父親同士が勝手に私達の婚姻の約束を交わしたけれど、そんなものはなくとも私とタクはお互い好意を持っていた。だから特に反論もなく約束は続いていたの。……『あの日』までは」

「あの日……?」


 杏奈は両手で頬杖を突き、一度大きく息を吐き出した。溜息のような、決意のための準備のような……そしてテーブルに下げていた視線をモモの面前に持ち上げた。


「七年前……タクが自分で自分の命の期限を決めたあの時まで、ね」

「……期、……限?」


 モモは杏奈の言葉の意味を知りたくないと心の隅で感じていた。目の前の女性の表情は哀しくて(わび)しそうで、そして──大切なものを失ったという深い喪失感がまざまざと現れていたからだ。


「桜家の長男としてタクは、おじ様──父親の期待を一身に受けて、彼もまたそれに応えようと小さい頃から勉学に励んできたわ。彼はとても賢くて温和で優しくて……でも優し過ぎた。次代を引き継ぐ者としての重圧や、父親の周りを囲む重役達との軋轢(あつれき)や、諸々沢山のプレッシャーが彼を押し潰していったのね。けれど「トップに立つ者は心の内を探られてはならない」──おじ様のその言葉で、彼の心はいつの間にか閉ざされてしまったの。だからタクの顔に刻まれた笑みからは、誰も何も感じ取れなくなっていて……私も……気付いた時にはもう遅かった」


 能面みたいな微笑み──モモは春の誘拐事件以前の自分と凪徒の兄を重ねたが、いや、それは自分とは比べようもない、計りしれないほどの苦しみだったに違いない。


「タクはおそらく鬱病になっていたのだと思う。大学一年の秋、自室で手首を切って亡くなったの……十月二十六日……まさか自分自身の誕生日に命を絶つなんてね……」

「……」


 モモは愕然として絶句した。その日付にはどこかで聞き覚えがあった。──ああ、そうだ……初めて杏奈さんが現れた時に放った言葉──「おじ様の言葉は絶対よ。十月二十六日──『貴方は手の内に戻る』」


「問題はここから……タクという後継ぎを失ったおじ様の──大企業をまとめる『社長』の次の標的は即座にナギに移ったの。ナギは次期社長候補、そして私の婚約者になった」

「そ、んな──」


 杏奈は少しだけ冷やかに(わら)い、少女は(おび)えるように言葉を失った。


「非情だと思う? 横暴だと? 面白半分で婚約は交わされた訳ではないのよ。桜と三ツ矢、もしも婚姻関係になったら……分かるでしょ? 日本の四大企業である二社が合併すれば、それは三大企業ではなく日本一になる。トップに君臨することになるのよ」

「だけど……それじゃ……」


 ──そこに愛情はなくても、いいの?


 モモの瞳は、揺るがない杏奈の眼から離すことも出来ぬまま震えた。そんな結婚、単なる自己犠牲ではないのか?


「ナギを不憫(ふびん)だと思う? 私のことも」


 杏奈は一呼吸置き、


「だったら貴女がナギの代わりに、三ツ矢の誰かに(とつ)いでくれてもいいのよ──『桜 桃瀬』さん」

「え……?」


 驚き見開かれたモモの大きな瞳に、意地悪そうに吊り上った杏奈の唇が焼きついた──。




★次回更新予定は八月二十日です。

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