[17]売り言葉と買い言葉
★少し前に投稿しました前話からご覧ください。
「イイナズケってなぁに?」
金縛りに遭ったようなモモの身体の後ろから、リンの質問が聞こえた。
「フィアンセって言えば分かる?」
これは秀成の答え。
──あれが訪ねてきたっていう美人か……確かにどえらいベッピンだな……。
暮は杏奈の魅惑の微笑から目が離せぬまま、更に近付こうとするリンの動きを遮った。明らかにあの三人の居場所だけ気温が低そうだ。これ以上近付けばこの真夏の最中に凍死しかねないと思った。
「あれは親同士が勝手に決めた約束だ……俺は認めていない」
依然右肩に置かれている凪徒の手に力が込められて、モモはようやく硬直から解かれた。
美男美女に、想像もつかないお金持ちに、親が決めた結婚って……どこかのドラマにでもありそうなシチュエーションだ──と、まるで客観的に状況を観察するいやに冷めた自分が見えたが、その自分は驚き固まるもう一人の自分に、「正気に戻れ」と心臓を握り潰そうともした。
「ビックリしちゃった? ごめんなさいね~憧れの『お兄様』を奪い取ってしまって……」
杏奈は凪徒の言葉を無視し、魂を抜かれたような無表情のモモの頬に触れた。が、すぐに凪徒はその手を払いのけ、
「モモに触んなっ」
怒りが込み上げ過ぎているのか、手の動きも出てきた言葉も一切が簡潔だった。
「相変わらずケチねぇ……ね、モモちゃん。貴女、私達の養女にならない? 私もこんな可愛い娘が出来たら嬉しいし。って、ちょっと年齢近過ぎるかしらね。おじ様にでも養女にしてもらう? なら、何の文句もなく貴方の妹になるのよ、ナギ」
──娘……? 妹……。
その言葉と共に、杏奈は今までで一番意地悪そうな嗤いを見せた。残酷な景色を愉しむように。モモは何とか動かせていた心臓と肺が止まった気がした。そして目の前で一度払われた杏奈の右手首がモモの後ろから掴まれたのが見えた。
「お前……いい加減にしろ!」
周りで花火観賞をしていた人々の眼が一気に集中する。杏奈はそれでも微笑みを保ち続けた。
「貴方が“いい加減”『結論』を出さないからよ。ハッパかけてあげてるんじゃない。おじ様も五年も猶予を下さったのに……その愛情に感謝したっていい筈よ」
「あいつが愛情……? 馬鹿を言うなっ」
凪徒は「これ以上抜かすな」といった具合に手首を締め、やっと杏奈の嗤いは消えた。と同時に腕を振り払い二の句を継ぐ。
「いい? 貴方が動かないなら私が動くわ。もうこれ以上中途半端なことはやめて。そんなの貴方のためにもならないし、モモちゃんのためにもならないわ」
「あ、あたし……?」
ようやく声を発したモモだったが、その会話の意味は全く分からなかった。二人の関係はそれなりに見えてきたが、どうして自分が巻き込まれているのか。
「お前に言われなくたって、俺はもう動くことに決めたんだ。これ以上掻き回さないでくれ……」
「……そう。ならいいわ」
今回の『勝負』も杏奈の勝ちのように、凪徒は疲れた言葉を吐き出し踵を返した。
見守る三人の横をすり抜け出口へと向かう凪徒を、杏奈以外、モモはもちろん暮でさえも、振り向き見送ることは出来なかった──。
★次回更新予定は八月十四日です。




