[15]花火と想い出
★少し前に投稿しました前話からご覧ください。
翌日金曜から三日間の週末公演は、何事もなく無事終了した。休演日である水曜日までにはあと二日があるが、週末を終えると皆少しホッとする。夕食を終えた独身組は食堂プレハブや外のベンチで夏の夜の涼しさを堪能し、モモもいつぞやのベンチへ寛ぎに向かう途中リンと秀成に声をかけられた。
「ネェネェ~モモたん、あと一時間くらいで終わっちゃうみたいだけど、駅の向こうの河川敷で花火大会やってるんだッテ~一緒に見に行かない?」
この夜は貸切公演がなかったため、食事を終えてもまだ二十時を回ってはいなかった。が、とかく花火大会なんてものは、その会場まで渋滞しているのが当たり前だ。──行き着くまでに終わってしまわないだろうか? とモモは言いかけたが、
「ナッギーも誘ってダブルデートしようヨ~モモたんにもチャンスだよ!」
「えぇ……?」
秀成はリンの目配せで凪徒を誘いに行ってしまい、リンはモモに顔を寄せ小声で耳打ちした。
「モモたん、やっぱりナッギーのこと好きなんでショ? あのお説教で怪我した後、二人がラブラブだったって聞いちゃったもんネ~!」
──ひいいいいっ! 嘘……!? こ、怖っ!!
余りにも素早い情報伝達、且つその湾曲具合に恐れ慄くモモと、「討ち取ったり!」といった様子のリン。
「あんなおっかないナッギー操縦出来るの、きっとモモたんだけダヨー! だからね、もうリン、ナッギーは誘わないから安心シテ!!」
「そ、そうですか……」
モモはカチコチになった笑顔を向けながら何とか返事をし、やがて面倒臭そうな顔をした凪徒と、何故か嬉しそうな暮が秀成の後ろからやって来た。
「アレ? クレりんも行くの?」
「行っちゃ悪いかよ~! お前達のラブラブを邪魔してやるっ!!」
と、目の前に立つ秀成の首を羽交い絞めにした。
「く、暮さんっ、苦し……! は、早く行かないと花火終わっちゃいますよ~!!」
悶絶しながらも急がせる秀成は、相変わらず凪徒と暮のおもちゃ扱いだ。「ああ、そだな~」とマイペースな暮から解放されて、ホッと一息ずれ落ちた眼鏡を直した。
「んじゃ、食後の運動がてら走っていくか? 車で渋滞に巻き込まれるよりマシだろ?」
──やっぱり……!? でも一体何キロあるのだか……。
疲れを知らない凪徒の発言に、モモはつい苦笑いをした。が、意外なことにリンも同調し、ゲンナリした秀成と暮の背を押して走り出してしまった。
「ぼ、僕、体力係じゃないんですからっ! 会場までなんて無理ですよ~!!」
ちなみに秀成の算出したルート距離は駅まで二キロ、駅から河川敷までは四キロ半。明らかに日常運動していない秀成には過酷過ぎる行程だ。
「ヒデナーもたまには運動しないとっ! 大丈夫ダヨー、駅からシャトルバス出てるから、リンと一緒に乗ろっ!」
「おれもそっちに激しく同意~!」
と、既にサーカス内では長老組の暮も弱音を吐き、やがて二人の息を切らした男共とまだまだ元気なリンは、駅のバス乗り場に並んでしまった。
「行くぞ、モモ。あいつらより先に着かなきゃ男がすたる!」
──あたしは男の人ではないのですが……。
何故だかバスに闘争本能を燃やしてスピードを高めた凪徒に、今日何度目か分からない苦笑を零しモモはその後を追った。リーチにかなりの差があるものの、モモはその距離を縮めることはなきにしろ離されることもなかった。中学の時には陸上の応援にも駆り出されていたし、毎日の鍛練と訓練を考えたら、その時よりも今の方が時間を掛けられている。四キロ半程度なら、もしかすると凪徒を追い越すことも不可能でない体力とセンスを持っていた。
「到着~!」
弾んだ息を整えながらシャトルバスの停車場を目に入れたが、まだ三人の乗った物は辿り着いていないようだった。後ろ上方から心臓に響くような大きな花火の音が聞こえる。見上げれば鮮やかな大輪が花開いていた。
「着いたら携帯に着信があんだろ。先に行ってようぜ」
「あ、はい」
花火大会の看板を背負った弓なりのゲートを抜け、露店の並ぶ正面通路を二人は進んだ。夕食後なので食欲はそそられないものの、物珍しい食べ物も多く目は釘付けになる。明々とした花火が舞い上がればそちらを仰ぎ、モモの首はあちらこちらへと忙しかった。
「おい、はぐれんなよ」
土手に近付くほどに人ごみが密になり、また残り四十分となった会場からは、終わりまで見ずに帰ろうと逆流する集団も増えて、凪徒は思わずモモの手首を取った。
モモは今春の誘拐事件から帰還した夜を思い出した。凪徒に同じく手首を掴まれ、葉桜の並木道を歩いたことを。あの時は厚着をしていて洋服越しだったが、今はそのまま凪徒の掌の熱が伝わってくる。流れる人波を避けながら広い背中を目に入れて、モモは切なく溜息を吐いた。あの時交わした約束はもう叶わないのかもしれない──来春の夜桜を一緒に見ること──どうして? こんなに近くにいるのに──。
モモには溢れる人の山しか見えなかったが、河川敷の斜面手前まで届いたらしい。凪徒はモモの手首を引っ張り、自分の前に少女を立たせた。眼下には驚くほどの人の頭、そして頭上では轟くような重低音を響かせて、降ってきそうな近い夜空に色とりどりの花びらが舞い散っていた。
「わぁ……っ!!」
あの川面の桜の絨毯を見た時と同じ感動が湧き上がってきた。自分を照らす光の渦、そして後ろを見上げれば照らされる遠くを望む彼の顔。──しかしその時、
「あらん……もしかしてお邪魔だった? 意外に仲いいんじゃない。妬けちゃうわね」
「あ……んな、さん……?」
斜め左から土手を上がってきた色気のある浴衣姿は、紛れもなく杏奈だった──。
★次回更新予定は八月十一日です。




