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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.2:夏】結ばれない手 ―彼のカコと彼女のミライ―
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[13]迷いと珈琲

★少し前に投稿しました前話からご覧ください。

 団長用のプレハブまでの道のりは徒歩二分といったところであるのに、凪徒はどれくらい時間を掛けたのだろう。叱責されるのは目に見えているし、停職か解雇されてもおかしくないほどの騒ぎを起こしてしまった。──モモをあんな目に()わせるなんて……精神的にも肉体的にも傷つけて……もうあいつに『先輩』なんて呼ばれる身分ではない──。


 重い足取りはそれでも無意識に団長室に向いていた。気付けばガラス戸が目の前に立ちはだかり、カーテンの隙間から(こぼ)れる光が足元を照らしていた。


 凪徒は仕方なく扉を軽く叩いて、微かに聞こえた返事の後、引き戸を開き入室した。


「すみません……遅くなりました」

「ま、座りなさいの」


 現れたのはいつも通りのずんぐり小太りで温和な笑顔の団長だった。いつものように目の前の椅子に促され、無言で(うなず)き腰を掛ける。けれど普段は安そうな味気のないお茶が出てくるところを、珍しく洒落たカップで珈琲が差し出された。


「たまにはいいだろ?」


 驚いて見下ろしていた凪徒に不器用なウィンクが投げられ、途端に緊張が走る。けれど重苦しいここまでの道程(みちのり)に、それなりの覚悟は出来ていた。


「そろそろ……『結論』を出したらどうだ?」

「え……?」


 持ち上げたカップが胸の高さまで昇ったところで、前日杏奈からぼやかれた同じ言葉が団長から投げられた。薫る珈琲、立ち上る湯気の向こうの変わらない微笑み。


「臆病になっているお前の気持ちも分からないではない。が、今回の一件で、潮時が来たと思わないか?」

「……そうかも……しれません──」


 凪徒は(かす)れた声で答え、珈琲を喉に通した。苦みの後にほんのりと甘みを感じる。


「でもその前に……少し猶予をもらえませんか?」


 凪徒は更に続けて、


「……あの人がこれからどう動こうとしているのか、確かめてきます」

「おやじさんか?」

「……はい」


 団長は珈琲の少々付いてしまった口髭を指で(こす)り、


「だが、どちらに転んでも、わしは辞表など受け取る気はないぞ」


 そうしてもう一度珈琲を飲んだ。


「……すみません……その件も良く考えます。それより今日のことですが……」


 凪徒はカップをソーサーに戻した。謝る体勢を整えるためだ。


「その件はもう暮に十分絞られただろ? モモも大したことはないと言っとる。一晩良く冷やせば、瞼の腫れも引くじゃろ。明日から気持ちを入れ替えて、またやってくれればいいさ」

「団長……」


 凪徒は説教されないことで、反対に心の奥がズキンと痛んだ。と、共に巡る先への不安──。


「自分でも……良く分からないんですよ」


 知らず零れ落ちた本音に、微かに笑ってしまった。


「それが青春というものだ」

「……へ?」


 途端返された団長の言葉も何だかおかしい。


「いやぁ~いいもんだのぉー青春って! わしもあと十年若ければ……あ、いや何十年だ? 二十……三十?」

「団長……?」


 独り盛り上がる団長にあっけに取られながらも、凪徒は団長が自分を元気づけようとしていることに気が付いた。久し振りに演技と苦笑以外の笑みが口元に現れる。


「お前が思ってるほど複雑じゃないさ」

「え?」


 団長はもう一度格好のつかない目配せをして、


「家のことも、モモのことも……開いてみれば、単純なことだと思うがの」

「は、い……」


 凪徒は立ち上がり、小さな声で謝罪をしながら頭を深く下げた。しばらくそうしていて、やっと戻った頃には少し気持ちが軽くなっていた。団長と目を合わせ、強張(こわば)った口角を上げ、一礼して静かに退室する。


 ──モモに、謝らないと、な──。


 凪徒は夜空を見上げた後、モモの車に足を向けた──。




★次回更新予定は八月八日です。

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