[11]否定と集中
★少し前に投稿しました前話からご覧ください。
──こいつには一切筒抜けなのか……?
凪徒は二の句が継げないまま、心の裏側で当惑した。しかしここでぼんやりしていたら勝手に肯定されてしまう。硬直した唇を何とか動かし、
「……あいつは『コレ』でも『ソレ』でもない上に、女でもなければ、人間でもないっ!」
「は……?」
振り絞った言葉に、暮は思わず口をあんぐり開けてしまった。
「……何だ、それ? お前よっぽどその美人を嫌ってるんだな」
「もう……これ以上あいつの話はよしてくれ」
疲れたように顔に手を当て、正面に立った暮の身体を退かして歩き出す。暮はやれやれと言った調子でその後に続き、
「わーったよ。もうこの話はしない。あんまりお前を困らせると、モモをブランコから落とされかねないからな」
「誰がそんなヘマするか」
既に朝食の準備全てを仕上げてしまったモモが、食堂プレハブの入口で待っていた。他の独身組はもう食事の最中だ。凪徒は歩みの先にある少女の笑顔も、後ろについて来る暮の気配も一切遮断した。部屋に入り、黙々と口の中へ料理を放り込んだ。
☆ ☆ ☆
それから凪徒は公演前のリハーサル兼練習の最中も、午前の公演も、短い昼食の時間も、午後の前半公演も、モモと暮とは全く会話を交わさなかった。普段通り演目をこなす──それだけに身を捧げる。それが唯一自己を冷静に保つ手段と思われたからだ。そしてモモも暮もそれを悟ったように、余計な声かけはしなかった。特にモモは──いや、モモもまた同じ想いなのかもしれない──凪徒はそう思うことにして、本日最後、午後後半のショーに臨もうとしていた。
いつものように暗転したステージの支柱に降り立ち、ポーズを取って照明が点けられるのを待った。やがてスポットライトが舞台真ん中のみを輝かせて、宙返りしながら走り寄ったモモを迎え入れる。大勢の歓声に応えながら反対の支柱に歩み寄り、モモはリズム良く昇り始めた。足場まで辿り着いて、再びポーズを決めると同時に凪徒とモモ、更に各々のサポーター二人にスポットライトが当てられ、四人は遠目でも分かるほどのにこやかな笑顔を見せて手を振った。
支柱に掛けておいたブランコを外して、二人同時に勢い良く流す。それは慣性の法則に従って、再び自らの元へと戻ってきた。その度に力を与え、次第に振り幅が増していく。向こう側から振られるブランコが、こちら側との距離を最小に縮めた時、二人は目を合わせ頷いて、戻ってきたブランコをしっかりと掴み宙を舞った。
手に握られた棒を中心に、自分自身もブランコになった気分で前へ押し出され、後ろに引き戻される。弧を描くこの数秒が凪徒にとって一番心地良かった。しばらくそうしてから勢いをつけ出し、膝の後ろで棒を掴むように逆さに体勢を変える。今日一日で既に三度同じことを繰り返しているが、モモの動きがいつになく良いのは感じていた。それに負けぬよう凪徒も全身で応えた。
数回小手試しのようなやり取りを終え、やがて二人、または四人での技の応酬が始まる。その度に下から響くような驚きの歓声が沸き上がってきた。途中披露される個人演技も滞りなく終わり、残すは再びの二人の演舞、フィナーレを飾る美しき大技の繰り返し──。
モモが向こう側から流星の如く近付き手を放す。凪徒の身体の位置よりも高く飛び跳ね、通常行なわれる膝を抱えた縦回転ではなく、立ち姿のまま横に回転し、落ちる瞬間凪徒の腕をきっちり掴まえる舞は、中でも流麗で凪徒も気に入っていた。モモの華奢な身体を纏う妖精のような衣装が、彼女を軸にして独楽のようにまとまり花開く。時に無人のブランコに向かって行なわれることもあるが、相手がいる方がずっと華やかな技だ。
幾つかの大技の後にその演目が始まった。モモの回転は普段よりキレが良く、客席の反応もすこぶる良い。凪徒も自分で分かるほど集中出来ている。そうであった筈なのに──。
──杏……奈?
端から中心へ振り子を描きながら、観客の隅にあの悪意のある微笑が見えた──気がした。たった一瞬のことだった。違う……まだ大丈夫だ……コンマ一秒だってズレてはいない。ちゃんとモモをキャッチ出来る筈──
──先輩!?
けれど凪徒の視線はモモを捉えていても、その伸ばされた手には触れることすら出来なかった。
──!?
モモは凪徒を見つめ、その手は助けを求めるように上方へ向けられていた。驚きや失望の声色を見せる観客の嘆きと共に、セーフティネットへと身を沈めていた──。
★以降は2014~15年に連載していた際の後書きです。
【空中ブランコについて】
いつもお目通し誠に有難うございます!
二作目夏編にてやっと出て参りました空中ブランコの描写につきまして。
実は今回余り深くは調査せずに、昔のテレビ番組のドキュメンタリー特集や、一度だけ見た事のある巡業サーカスの記憶を頼りに執筆したところがございました。
ですが先々月偶然にも地元にサーカスがやって来まして、二度公演を鑑賞する機会に恵まれました♪
現代の空中ブランコは進化と発展を遂げておりました!
興味を持ちましてユーチューブなどから幾つかショーの動画も拝見したのですが、本当に多種多様なのですね。この名称が世界的に統一されているのかは存じませんが、ブランコの飛び手を「フライヤー」、受け手を「キャッチャー」と呼ぶそうです。今回私が伺ったポップサーカスでは、フライヤーはいわゆる長いロープで垂れ下がった通常のブランコに乗りますが、キャッチャーは柔軟なロープではなく、金属の棒で固定され、足でぶら下がるのにも対応した幅広のブランコに乗っていました。
動画でもその様な形態が主流らしく、キャッチャー目指して飛ぶフライヤーは、数人が乱舞する複雑なショーも行なえておりました。
ですが。珠園サーカスのウリは何と言っても「昔ながら」の巡業サーカスです☆
モモと凪徒の空中ブランコはどちらもロープ状の通常形式、基本的にモモはフライヤー固定、凪徒はキャッチャーですが、単独演技やサポート役の青年達と組む場合はフライヤーも演じています。
ちなみに今回モモが舞った「身体を立たせたままの横回転(フィギュア・スケートのような回転ですね)」は・・・実は作者の発想した技術で、実際現実に存在するのかは分かりません(苦笑)。もしその様なショーをご存知の方がいらっしゃいましたら、是非ご連絡をお願い申し上げます!
ブランコの描写は冬編にも登場します。引き続き今後の展開と共にお楽しみいただけましたら幸いでございます* これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます♡(ちなみにサーカス鑑賞後にも拙作の改稿は行なっておりません。全て私のおぼつかない記憶と空想(妄想?)です(笑))
朧 月夜 拝
★次回更新予定は八月五日です。




