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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.2:夏】結ばれない手 ―彼のカコと彼女のミライ―
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[10]悔恨と冷やかし

 モモはもうコンビニへ着替えに行く気も失せていた。ただ布団に潜り込んで眠ってしまいたい気分だ。全てを忘れて明日いつも通りの笑顔で空中ブランコに乗りたい。凪徒と一緒に。ひたすらそうしたいだけ──。


「あ、モモたん! あれからドコ行ってたの~?」


 途中今朝と同じ調子のリンに声をかけられたが、モモは立ち止まることもなく足早に通り過ぎた。申し訳なさそうな淋しい笑顔と小さく手を振って……それが今出来る彼女の精一杯だった。


 幸い車内には誰もいなかった。時間的には夕食の頃であるし、食堂プレハブか外食にでも出掛けているのだろう。皆が戻る前に眠りについてしまえば、もう誰にも問いかけられることもない。


 いそいそと布団の間に身体を挟み込んで、なれるだけ小さく身を丸め抱え込む。モモは深く傷ついていた。自分が凪徒を怒らせてしまったことと同時に、『凪徒を傷つけてしまった』ことに。自分は浅はかだったと後悔した。単純な好奇心に身を操られ、あんなに遠くまで凪徒の過去を掘り返しに行くような行動を取ってしまった。自分の目の前の欲を満たすことだけにしか気持ちが行かなかったのだ。それに上手いこと付け込んできた杏奈も杏奈なのかもしれないが、そんな誘惑に身を(ゆだ)ねてしまった自分が一番いけなかった。モモは凪徒の()えることのない傷痍(しょうい)を、(えぐ)るような残酷な行為をした。凪徒を思いやれず実行に移してしまった自分──それに心底傷ついていた。


 今の自分に一体何が出来るのだろう? 謝ることは簡単だが、おそらく凪徒の心に響かないことは理解出来る。とにかく凪徒の嫌がることはもうしたくない。杏奈は近い内にまた来ると言ったが、それからどう逃げたら良い? いや……その前にやるべきことをちゃんとやるべきだ──そう、空中ブランコ──。


 いつも以上に集中しよう。明日の午前と午後二回の公演(夏休み期間中は、平日公演も土日同等の公演回数がある)。真剣に、身体の末端まで神経を行き渡らせて、美しく優雅に。全身全霊を傾けて演舞に取り組めば、きっと先輩も自分が心機一転励もうとしていることを分かってくれる筈──そこにしか挽回(ばんかい)の余地を見出せなかった。


 ──ちゃんと演舞をやるなら、ぐっすり眠らなくちゃ。昨日も良く眠れなかったし……えと……どうして眠れなかったんだっけ……?


 それを思い出す前に、モモは深い何処かへ落ちていった──。




 ☆ ☆ ☆




「おはようございます!! 先輩! 暮さん!」

「「お……おはよう……?」」


 翌朝はいつになく良い目覚めを感じていた。朝食の当番も一番乗りでキッチンカーに入り、凪徒と暮がやって来る前に(ほとん)どの調理を終え、モモはにこやかな笑顔と元気な挨拶で二人を迎えた。


「おい、凪徒……何だ~あのモモのご機嫌は? お前、あの後もしかして上手くごまかしたのか?」


 暮は配膳するモモから離れ、凪徒のTシャツを引っ張って隅に連れ込んだ。困惑する凪徒にヒソヒソ声で問う。


「あの後って?」


 横目にモモのキビキビと働く姿を入れ、暮に問い返す凪徒。


「酔っ払って失言しただろうが~! あれからモモに謝ったんだろ? ついでにどうにかしちゃったか?」

「どうにかって何だ?」

「そりゃあ、若い男女が(つど)えばその~」


 つっけんどんに再び返された質問へ、暮は鼻の頭をほんのり赤くして答えた、が。


「俺はモモに謝るようなことをしてもいなければ、ごまかしてもいない。『あれ』は本音だ。いい加減俺をおちょくるなっ。謝るべきはあっちだっつぅの!」

「お前……」


 激しく反論する凪徒に、あっけにとられる暮はふと真顔に戻った。


「あ~? まだ何かあんのかよ」


 不機嫌に火の点いた凪徒の前では大概の人間は逃げてゆくものだが、暮はその『大概』に入らない稀少な数人の内の一人だった訳で……


「何度言ったら分かるんだ? そっちこそいい加減素直になれよ~。昨日めかし込んだモモを見かけたって目撃情報もあるんだぞ。お前の仕業(しわざ)だろ?」


 お陰で昨夜の出来事が脳内を駆け巡り、凪徒の怒りは噴火寸前になった。暮の真正面まで顔を降ろして、いつもの怖ろしい形相から吐き出される(ほのお)のような否定の言葉。


「良く聞け、『あれ』も俺の仕業じゃ、な、いっ!! ったく、朝からふざけたこと抜かすなっ!」

「じゃあ、休演日に直々(じきじき)会いに来たっていうベッピンさんが、お前のコレか?」


 気を落ち着かせようと腕組みし眼を閉じたのも一瞬、暮の言葉に驚いて引き戻した凪徒の視界には、ピンと立たされた小指が突き出されていた──。




★続けて次話を投稿致します。

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