[9]確執と怒り
★少し前に投稿しました前話からご覧ください。
「すみません……嘘つきました」
モモは俯き結局白状した。
「でも食事して、ジャージのままじゃおかしいからって服を買ってもらって……先輩のお父様の会社に行っただけで……何かを吹き込まれた訳じゃないですっ」
新事業立ち上げのために凪徒に戻ってほしいと聞かされた件は、自分にも受け入れ難く、モモは言葉にしなかった。
──それで十分丸め込まれてるじゃねぇかよ……。
凪徒は一瞬そう言いかけたが、
「あいつの本社に行ったのか……まさかあいつに会った訳じゃないだろうな?」
「“あいつ”って……?」
「……俺の、おやじだよ……」
気まずそうにぼそっと答え、視線を横に逸らした。
「大阪に出張中だとか言ってました」
その答えでホッと胸を撫で下ろした凪徒に、モモは違和感を覚えた。──どうしてあたしが会えなかったことでそんなに安心したんだろう?
「桜の家系のことは誰にも話すなよ」
「はい……」
凪徒が否定しなかったことで、とうとう本当の本当に、凪徒が桜財閥の一員であることは証明されたことになる──手の届かない人──たとえ先輩の気が変わったとしても、まるで雲の上の人のような隔たりを感じずにはいられない。
「それと……お前、杏奈に変なことされなかっただろうな?」
「変なこと……?」
凪徒は真剣な眼を向けてモモの両腕を掴み、少女の顔と同じ高さに自分のそれを合わせたが、
「ええと……いや……た、例えば髪を撫でられたとか……」
「髪?」
さっき頬は撫でられたけど──どうしてそんな心配そうに訊くのだろう? ──も、もしかして、そういう趣味があるのだとか……!?
「か、会社の入口で手を引かれたくらいだと思いますが……」
脳内におかしな不安が一瞬よぎったが、取り急ぎ出されたモモの返事に、凪徒はいつものようにツンと身体と顔を横に戻して「そうか」と呟いた。
「あの……先輩」
「ん?」
顔だけをモモの方へ返し、見下ろす姿はいつもの凪徒に戻ったように思える。けれどモモの次の句で、凪徒は再び激しさを取り戻してしまった。
「あの、あたし……杏奈さんはそんなに悪い人のようには思えないんですが……」
「……お前に何が分かる?」
──ひやぁぁぁっ!!
凪徒の姿勢がモモへ向けられ、凄んだ切れ長の目はレーザービームでも発射しそうなほどメラメラと燃え上がっていた。
「あいつは裏切り者だ! 信用ならないっ。結局おやじの『犬』に成り下がった悪女なんだよっ!!」
「先輩……」
今一度両腕を掴まれたモモは、先程に比べてより強く圧迫された力と凪徒の心の叫びに、苦しそうに瞳を細めた。厳しい顔色から計りしれないほどの憎しみを感じてしまう。
「いいか、もう一度言うぞ。お前は金輪際、杏奈にも桜の人間にも一切近付くな! 俺はあの家から縁を切ったんだ! お前が近付くなら、俺はこれ以上お前とブランコは出来ない!!」
──……先輩……。
凪徒は五年前までに一体彼らとどのような軋轢を生じたのか……モモは彼の奥底から発せられる怒りの声に、目線を外せないまま怯えた頷きを返していた。
「は、はい……」
大きく息を吐き出して、やりどころのない憤怒の刃を噛み砕くようにギリリと奥歯を鳴らす凪徒。振りほどくが如くモモの腕から自分のそれを外し、既に黒い闇と化した辺りに溶け込み去った。
胸の芯がズキンと痛んで呆然と立ち尽くすモモの腕には、凪徒の指の跡がしばらくの間うっすらと赤く残されていた──。
★次回更新予定は八月二日です。




