[8]偽りと追及
「モモちゃん、着いたわよ。起きられる?」
「あ……」
近くで聞こえる自分を呼ぶ声と、柔らかく肩を揺らす力で目を覚ました。モモは暗い車内で焦点を合わせようと幾度か瞼を瞬かせた。
杏奈の艶やかな紅い唇と、その魅惑的な瞳が視界を鮮やかに彩り、モモに現実を思い出させた。──そうだ、あたし、途中で眠ってしまって……。
「あっ、すみません!」
慌てて飛び跳ねたが、シートベルトに自由を邪魔され背もたれにのけぞってしまう。
「大丈夫? 疲れたでしょ? 良く休んで、明日からの公演も頑張ってね」
すっと伸ばされた形の良い手が頬に触れて、スルりと顎の先までを撫でられ離れる。その色気のある微笑みに、モモはつい頬を赤らめていた。
「お食事とお洋服と……本当にありがとうございました!」
「いいえ。またね、モモちゃん。近い内に来るわ」
サーカスの敷地の入口で降車し、直角にお辞儀をする。ウィンドウから手を振る杏奈を見送りホッと息を吐いた。と共に手に提げたショップの袋と自分の格好にギョッとする。こんな姿を誰かに見られたら、どれだけ問い質されるか知れたものじゃない。──コンビニの化粧室でも借りて着替えよう……。
と向かう先を反転させた途端、
「モモ」
背後からの低い声が、背中をゾワゾワさせながら登ってきた。──先……輩……?
「今までどこに行ってたんだ」
恐る恐る振り向いた先に、黒く長い影が見えた。漆黒の髪に紺のTシャツと濃いグレーのジャージを身に付けているため、夕暮れの赤みのある闇の中でも更に暗黒のようだ──まるで悪魔か死神のように……?
「せっ、先輩~奇遇ですね! ご、ご機嫌麗しゅ……う」
明らかにおかしな挨拶を返してコンビニへ歩を進めようとしたが、スタスタと長いコンパスを数歩動かして、モモの目の前に立ちはだかってしまった。
「お前……杏奈と会ってた訳じゃないだろうな?」
──や、やっぱり怖い~!!
「か、買い物に行っていただけです……」
と、露出した足を隠すようにショップの袋を前側に寄せる。
「お前が自分でそんな服、選ぶとは思えないがな」
──ギクッ! 見透かされてる……。
「イ、イメージチェンジです! もう『ガキ』なんて言われないようにっ」
──そうよ。これからはあたしだって……。
「……もしかして、昨夜のこと気にしてるのか?」
そのすっとんきょうな声と、上方にあった視線が随分降ろされて、モモは凪徒があの発言を気にしていなかったことに気付かされた。──って相当デリカシーがないのでは……? でも、それなら「あれは冗談だった」と言ってくれるのだろうか?
「……」
少女の心の内を探るように覗き込んだ凪徒の瞳へ、モモも抗議の眼差しを合わせる。──が、
「と、とにかくっ! 杏奈に何吹き込まれたんだ!?」
──冗談だったって、言ってくれないんだ……。
自分が発した言葉をうやむやにしたいかのように慌てて話を戻した凪徒に対して、モモは少し失望し、そして意地悪をしたくなった。
「あたしは杏奈さんには会っていません。本当に買い物に行っていたんです」
「その店……東京にしかない上に、お前の給料で買えるレベルじゃないのにか?」
「えっ!? このお店そんなに……? あ、いえっ、この袋は前にリンちゃんからもらっただけで……そ、それじゃ」
プイッと顔を横に向け、そのまま身体も背を向けようとしたその時──
「きゃっ」
首根っこを引っ張られ、背中を覗き込まれた。──って?
「やっぱり……このショップの服じゃねぇかよ。まったく、杏奈とどこに行ってたんだ」
首の後ろのタグに目をやった凪徒は、ついに確信を掴んだと、口元をヘの字に曲げて体勢を戻した。
「な、何で先輩がそんなに女性のお店に詳しいんです~!」
──うちの傘下の店だから、なんて言えないよな……。
凪徒は更に不機嫌な趣を露わにして、困ったように後頭部を掻き回した──。
★続けて次話を投稿致します。




