[6]ミニスカートと彼の出生
「あらっ、なかなかいいんじゃない? 見違えたわね!」
それから三十分ほどしてハイ・ティーン用のショップに連れられたモモは、数回着せ替え人形の真似事をさせられた結果、淡いビタミンカラーのチェックのシャツに、デニム生地のミニスカートを絶賛された。
「あの……ちょっと短過ぎるのでは……」
普段のジャージやジーパンでさえも、膝どころか脛すら出したことがない。春にあの双子姉妹が選んでくれたクロップド・パンツも、腰かけなければ膝が隠れる程度だった。
「そうかしら? ブランコ乗りなんて女性でも筋肉ムキムキなのかと思ったらそうでもないし、綺麗な脚をしてるんだからもったいないわよ」
──何がもったいないのだろう……。
買ってもらうのだから余り文句は言えないな、と感じながらも、ついぞそんなことを思ってしまった。
それでも杏奈の美しいスタイルを見たら、それを見せないのはもったいないというのも納得がいく。彼女は細身ではあるが女性としてあるべき所はあり、締まるべき所は締まり、もしかしたらどこぞの有名モデルなのでは? と疑いたくなるほど、通りすがりの男性の目を釘付けにしていた。
「まぁ、そのスニーカーでも合っているみたいだし、それで決定にしましょ。そのまま脱がなくて大丈夫よ。ね、ちょっと、彼女のタグ、取ってあげてくれる?」
と杏奈は有無を言わせず店員に注文をつけ、レジに向かってしまった。
──はぁ……何だか先が思いやられる……。
会計を済ませた杏奈の早い歩調について行くことだけに専念し、再び車に乗り込んだモモは、眼下の自分の生足を見て思わず恥ずかしくなった。練習着も本番の衣装もミニスカートではあるのだが、どちらの時も厚手のストッキングやタイツを履いている。こんなに露出するのはもしや中学の体育以来なのでは? といささか自分自身に呆れ返った。
「さ、着いたわよ」
そんな落ち着かないドライブは十五分ほどで終わり、気付けば二人の乗った車はビルらしき建物の車寄せに横付けされていた。守衛のような制服の男性が運転席側の扉を開け、降り立った杏奈に挨拶をした。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
「ありがとう。社長はいらっしゃる?」
「本日は大阪へ出張中でございます」
「そう……では数分で戻りますから、車はこのままで宜しいかしら?」
「はい。念のため、鍵をお預かり致します」
杏奈と数回やり取りをした守衛は鍵を受け取り、助手席側の扉を開けてモモの降車を待った。
「モモちゃん、降りてくれる? 用はすぐ済むわ」
「はっ、はい」
モモは慌てて車を降り、入口へ向かった杏奈の後を追った。「いらっしゃいませ」と言われたからには杏奈の場所ではないのだろうが、この車といい、『お嬢様』との呼びかけといい、杏奈が裕福な家庭の出であることは察せられる。
そうして向かった透明な自動ドアに、見慣れた一文字が目に入った。モモは両側に開いてゆく扉の手前で、その漢字を追うように顔を横へ向けながら足を止めた。
──さ、『桜』コーポレーションって書いてある……!?
「気付いたのね? そう……ここがナギの本来いるべき場所。彼の父親の会社よ」
「……」
扉の向こうで振り返った杏奈が、少し意地悪そうな顔で笑っていた。呼吸すら忘れてしまいそうな数秒間に、モモの脳内には様々なことがグルグルと渦巻いて消えていった。──知ってる……あたしですら知っている会社だ……だって歴史の授業にも出てきたんだから……旧『桜財閥』……日本四大財閥の一つ……──。
「ちょっと驚かせ過ぎちゃったかしら……いらっしゃい、ロビーでお茶でもしましょ」
杏奈はモモの元へ戻り、茫然と立ち尽くす少女の左手を握り締めた。見開いた眼は『桜』の文字から離れられない。それでもやがて何とか酸素を吸い込み、引かれた手の方へ歩を進めた。
「大丈夫? オレンジジュースで良いかしら? あ、ちょっと」
杏奈は正面口左手のラウンジへモモを座らせ、通りすがりのウェイターに声をかけた。まもなく絶句したままのモモの前にフレッシュなオレンジジュースが運ばれたが、しばらくそれに手を伸ばす余裕はなかった。
「さすがに目の前の筋肉バカが、こんな所のお坊ちゃまだったと聞かされたら驚くわよねぇ……」
杏奈はモモの驚きようを少々楽しんでいるようだった。カフェでそうしていたように今度は自分の膝の上に両肘を突き、モモの顔を覗き込んでいる。
──先輩が桜財閥の御曹司……おんぞうし……? オンゾウシって何だっけ……?
テーブルに置かれたオレンジ色をぼんやりと見つめる。モモの思考は完全に停止していた──。
★続けて次話を投稿致します。




