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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.2:夏】結ばれない手 ―彼のカコと彼女のミライ―
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[5]連行と憧憬

 最寄りのインターチェンジから高速に乗り、向かっているのは東京方面、流れる景色も徐々に乱立したビル群に変わってゆく。


 モモはしばらく運転席の杏奈に声をかけられなかった。横目に映るサングラスを乗せた美しい鼻筋。その口元はやや口角が上がり、微笑んでいるように思われたが、あの鬼のような凪徒を負かしてしまった女性だ。今自分は彼女の手中にあるのだから、何かを言って怒らせてしまうことが怖かった。


 助手席でピクリとも動けずに、ただ目の前を過ぎる車や案内に視線を走らせる。凪徒の過去。心を読まれたかのようにタイミングの良過ぎる『(ワナ)』だった。──でも……過去を知ってどうするというのだろう? しっかり振ってくれた仕事のパートナーの昔など、今の自分には何の意味もない。


「あんまり緊張しないで。()って喰おうって訳じゃないから」


 杏奈は少しだけモモを視界に入れて、クスりと笑った。


「は、はい……」


 ずっと沈黙の車中だったため、いきなりの声かけにビクッとしてしまったモモを、更に杏奈は笑う。


「可愛いわね~ナギが育てたくなる気持ちも分からなくもないわ」


 ──育てる? あ、ああ……ブランコ乗りとしてってことか……。


 自分なりにその理由を解釈したモモは、膝の上で固く結んだ握り拳に目を落とし、今一度杏奈を見上げた。


「あの……どうして、あたしを……?」


 何故自分を連れ回しているのか、何故自分に凪徒の過去を話そうとしているのか──モモには見当も付かなかった。


「うーん……ごめんね、私も何をどこから貴女に話そうかまだ悩んでいるのよね~質問はしてくれても構わないけれど、それをいつ答えるかは私に決定権をもらえるかしら?」

「はぁ……」


 ──何をどこからって、そんなに話すことがあるのだろうか?


 二の句の継げなくなったモモを放置したまま、杏奈は高速を降りようとウィンカーに手を掛けた。


「目的地はまもなくだけど……お腹空いてるわよね? 先に食事を済ませましょ」


 時刻は既に正午を過ぎている。思えば大して眠れないまま朝方起き出して、それから口に入れた物は杏奈が買ってくれた烏龍茶だけだ。


 通い慣れた道筋なのか、併走する車の間をスイスイとすり抜けて、幾つもの車線変更を容易にこなし大通りを右に折れた。進んだ先は裏通りらしく、狭い道幅に小さな店が密集している。二分ほど走った奥の小さなコインパーキングへ器用に駐車をし、杏奈は戸惑うモモを連れ立って、路地をジグザグに抜け人の溢れた大通りへ出た。


「行きつけのカフェがあるから、そこでいいかしら? 野菜たっぷりのパニーニなんて美味しいわよ」


 ──何か……かっこいい。


 振り向いて手際良くまとめた杏奈に(うなず)き、相変わらず言葉すら出せないままその背を追うモモ。考えてみたらこんなお洒落な街角に繰り出したこともないし、そんな素敵な響きのある店にも行ったことがない……自分の世界はあのサーカステントを中心とした半径三キロ程度なのだと気付かされた。


「わっ、美味し……!」


 それから二百メートルほど歩いた先の杏奈行きつけのカフェとやらに到着した。座らされた窓越しのテーブルにて訳も分からずお勧めのパニーニを頼み、まもなく供されたそれに一口かぶりついた。


「お口に合って良かったわ」


 珈琲だけを注文しカップを手にしたままの杏奈は、前に見たことのあるフッとした笑みを傾け、長い(まつげ)の瞳を細めた。


「ねぇ……モモちゃんって、ナギのこと、好きよね?」

「……んっ?」


 いきなりの質問に、口に入れたパニーニを喉に詰まらせそうになった。それもほぼ肯定した言い回しと雰囲気に圧倒されてしまう。


「せっ先輩は……尊敬もしていますし、ブランコ乗りとしての目標とか……あくまでも、あ……憧れって言いますか……」


 『恋愛対象ではない』──そう断言出来る自分が必要だ。なのに──。


「そんなに隠すことないんじゃない? でも、そうしていたいならその方がいいのかもね。貴女には手の届かない相手になることだし……いえ、元々そうなのかも」


 ──え……?


 謎だらけの台詞(セリフ)に、モモは続けようとした食事の手を止めた。


 『手の届かない相手になる』──それは今までなら手が届く相手だったということ? でも──『元々そうなのかも』ということは、今までも届く相手ではなかったということ? だけど……どうせ条件が揃ったところで、先輩はあたしを見てなんていなかったんだ……恋愛対象として。


「サーカスの人って、いつもそんな格好なの?」


 気が付けば、両手で頬杖を突いた杏奈がまじまじとモモの姿を見回していた。お気に入りのペールブルーのTシャツと黒のジャージ、サーカスでは当たり前の服装だが、明らかにこんな洗練された街並みには似つかわしくない。


「す、すみませんっ……特に出掛けるつもりではなかったので……」


 モモは顔を紅くして(うつむ)いた。とはいえ外出する時でさえも、大して変わらないTシャツにジーパンが定番なのだが。


「ちょっと“社”に連れていくにはそぐわないかしらね。食べ終えたら買い物しましょ。もちろん“お姉さん”がおごってあげるわ」


 ──今年は見ず知らずの人に連れ回されたり、洋服買ってもらうことが多いなぁ……。


 急ぎ食事を進めながら、モモは春に起きたあの誘拐事件を思い出していた──。(Part.1をご参照ください)




★次回更新予定は七月二十八日です。

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