[2]不眠とデート 〈L♪〉
翌日は休演日のため、そして羽目を外し過ぎたメンバーが寝過ごしたお陰で、午前中はまだまだ静けさの漂う楽屋裏だった。
「おはよーモモたん。あれ? どしたの?」
モモは独り自分の寝床である車からそっと出て、サーカステント近くの翳ったベンチに腰かけていた。夏の暑さを忘れさせてくれる涼しい風が、肩越しの茶色い髪を撫でてゆく。
「リン……ちゃん?」
自分の名を呼ぶ声に、ゆっくりと顔を傾けその姿を見上げた。中国から遠征して三年になる雑技団のリンが、興味深そうに自分を見下ろしている。
「おはよ。どうもしないよ、ちょっと眠れなかっただけ」
モモは少し恥ずかしそうに足元へ視線を戻す。昨夜の一件がモモの眠りを妨げていた。あれからしばらくしてキッチンカーの冷蔵庫にビールを戻し、ふて寝を決め込んだが、結局深い眠りに落ちることはなく、フツフツとしながら朝を迎えてしまったのだ。
リンは「ふうん」と答え、隣に腰を下ろした。
「リンちゃんも早いね。どこか出掛けるの?」
「ううん。その逆ダヨー、もう出掛けてきたの。これから眠るー」
「え?」
確かにその瞼は夜更かししたように腫れぼったい。それでもはにかんだ笑顔は随分幸せそうだ。
「ヒデナーとずっとキラキラの星空見てたの~綺麗だったヨー」
そう話すリンの瞳こそキラキラと輝いていた。──が、“ヒデナー”って?
「あ、秀成君のこと!?」
音響照明係の秀成。眼鏡をかけた大人しいパソコンおたくだ。
「え? やだ~モモたん、気付いてなかったの? ワタシ達ラブラブなんヨ」
──し、知らなかった……と言うより、気付いていないことに驚かれるってことは、みんな知ってるんだ……あたし独りが遅れてるってこと?
モモは自身の疎さ加減にいささか落ち込んでしまった。驚き見開いた大きな眼を、昨夜のように抱え込んだ膝小僧に移す。
「ねぇねぇ、モモたんはナッギーが好きなんでショ?」
「ナッギー……? あ、桜先輩!? ち、違うよ~……」
慌てて否定の言葉を洩らしつつも、顔は沸騰するように熱くなっていた。でももう昨夜、思いっきりフラれたのだ。例え本音を言いたくても、誰にも言えない気持ちがした。
「えー! そう? ホントに? じゃあ、リン、ナッギーとデートしてもイイ?」
「……へ?」
──さっき秀成君とデートしてきたばかりのリンちゃんが先輩とデート?
やっていることと言っていることがまるでちぐはぐなリンに、再び真ん丸の瞳を戻す。徐々に活気づいてきたリンの笑顔が、獲物を狙う肉食獣の表情に見え始めたのは錯覚だろうか?
「ヒデナーのことは好きだけどぉ~ちょっと物足りないんだよネー、ナッギーって結構年上ジャン? も少し大人なデート出来るかなぁ~ッテ」
「……」
──そ、そりゃあ、二十三歳ともなれば、あたし達よりずっと大人ではあるけれど、あのちっともロマンティストでない先輩とデートして、『それ』を見込めるんだろうか?
そういうモモ自身も、そんな凪徒を好きであるという自分の中の「どうして好意を抱いているのか」という原因や理由に対して、明らかにし切れない不確定要素を見出さずにはいられないのだが──。
「リンちゃんって幾つだっけ?」
「やっだーモモたんと一緒ダヨー、五月に十七歳になったヨ」
──学年では自分より一つ下ということだ。
「秀成君は?」
「こないだ十八になったヨー、二人でパーティしたん」
思春期の男女一歳違い程度なら、精神年齢は明らかに女性の方が上だ。──でもまさか、先輩に狙いを絞られるとは……。
「ねぇ~、ナッギー誘ってもイイ?」
今一度の質問に、モモの口元はいびつな笑みを乗せ、仕方なく答えた。
「あ、あたしに訊かれても……別に、あたしのものじゃないし……」
「あら? そうなの? じゃあ私にも権限はあるってことね?」
──え?
刹那に顔を上げるリンとモモ。リンとは逆隣の上方から注がれたのは、聞き覚えのない若い女性の声だった──。
★以降は前回連載時の後書きです。
いつもお付き合い誠に有難うございます!
この度こちらのサイトで長らく私の心の支えとなってくださっております『としよし』様より、大変素敵なイラストを頂きました♪
としよし様は元々暮の第一号ファンとなってくださったお方でございますが、活動報告にてお願いしておりましたキャラ投票前に「凪徒が後ろから追いかけてくる~」と二人の狭間で悩んでいたところ、突然登場しましたリンにあっさり搔っ攫われてしまったという経緯がございまして・・・(苦笑)。
『希都』様より頂きました可憐なリンもとても気に入っていらして、そちらのイメージ(髪型など)を元に(何せ作者がモモと凪徒以外のサーカスメンバーを描かないと決めているものですからw)こんなに可愛いリンを描いてくださいました♡
魅惑的なウィンクに、こちら目線の真っ直ぐな眼差し・・・思わず目を合わせるのが照れてしまう程の麗しさです☆
としよし様! 本当に有難うございました!!
2014年7月27日 朧 月夜 拝
★続けて次話を投稿致します。




