[44]事情と実状
モモは高岡の車から自分のジャージや買ってもらった洋服などを受け取り、凪徒の運転する営業車に乗り込んだ。後部座席から紳士と運転手の見送りが小さく離れてゆくのを、しばらく名残惜しそうに見つめていた。
隣に腰かけた鈴原夫人や助手席の暮に、今までのサーカスの様子を尋ねたり、自分が経験した全てを興奮気味に語ったが、疲れが出たのだろう、いつの間にか眠ってしまい、起きた頃にはすっかり夜の戸帳が落ちたサーカス会場の入り口に辿り着いていた。
団長は諸々見越していたのか、全員が揃ったところで豪華な夕食を振る舞いねぎらった。モモの帰還祝いも兼ねたパーティは大いに盛り上がり、モモ自身も澱が剥がれ落ちたように分け隔てなく会話を楽しんだ。
そんな二時間ほどの宴が終わりを告げ、皆がそれぞれ片付けを始めた頃、団長室では──。
「まったく……団長も人が悪いですね」
以前のようにお茶をすするずんぐりした身体に、呆れたような視線と口調を向ける暮の姿があった。
「そうかの? そういうお前が一番楽しんでいたんじゃないか?」
「まぁ……そうかもしれませんが」
湯気の向こうからニヤリと笑った団長が、暮の本音をつきとめていた。
「しかしどこまでが本当なんです? 自分の推測では高岡社長の誘拐偽装、それによってモモと団員みんなの気持ちが一つになることを狙ったのは何となく分かりましたが……それ以外がどうもはっきりしない」
暮も差し出されたお茶で喉を潤し、湯呑を置いて腕を組む。
「ふむ……どれも真実じゃがの。高岡氏からの打診でモモを五日間預けるつもりは元々あった。が、謀らずしてあの誘拐予告が届き、どうせなら、と誘拐事件に仕立てたのはこのわしだ」
「でも、さすがにあの『スパイ養成候補』ってのは……」
「『あれ』も本当じゃよ」
「えぇ!?」
『それ』だけは団長の過度な演出だと思い込んでいた暮は、思わず目の前のテーブルに両手を突いて前のめりになった。
「『あれ』もタカちゃん──高岡氏のことだが──彼同様、知り合いからの依頼での……モモを是非にと言われたが、そちらはもちろん断った。が、なかなかしつこくてのぉ~だったら本日十七時までに、姿を見せず、危害も加えず、モモの元へ団員達が辿り着けないように妨害出来たら、考えてやってもいいと条件を付けてみたんだ。実際遊園地内でもかなりの邪魔をしたみたいだぞ? 凪徒は気付かないほど勢いづいていたらしいがな」
「……団長~……」
──この狸おやじは一体何者なんだっ!?
Nシステムへの障害も、道路工事や高岡邸のバリケードも、『組織』がモモを獲得するための攻防だったという訳だ。が、そんな大それた機関に知り合いを持つ団長も、それを無意識の内に阻止していた凪徒も、そして非現実的なスパイの候補に選ばれたモモも、暮には計りしれなく思えた。
「十七時ってギリじゃないですか……良くもそんな──」
「が、やれると思っていただろ? あいつなら」
「……そこは否定しませんが……」
実際暮がメイド二人からお願いされていたリミットは十五時半だった。せめてその時刻まで高岡社長にモモとの時間を与えてほしいと。暮と凪徒がパークに到着したのは十五時。凪徒独りであの広大な施設内からモモを探し出すには、少なくとも一時間は掛かるだろうという見込みからの逆算だったが、凪徒はたった四十分で見つけてしまったのだ──それも組織の邪魔にも気付かぬ内に。
「なになに、タカちゃんのお陰でモモも一皮むけたようだし、団員達の蟠りも消えたんだ。一件落着ってところだろ?」
意気揚々と笑ってみせる団長に、暮は少々苦々しい笑みを返して、ふと凪徒の家庭事情のことを思い出した。
「そう言えば、凪徒が縁を切ったっていう父親って……?」
「ほお、誰からそんなこと聞いた?」
「モモ」
その頃片付けを終えたモモは、自分の寝台車に乗り込もうというところだった。背後から呼びかける小さな声に驚き、ふと振り返る。
向こう側に立つ街灯の光が、大きな黒いシルエットをぼんやりと囲み、その輪郭を際立たせている。
「先輩……?」
いつになく着込んだ様子の凪徒が、彼女の目の前に立っていた──。
いつもお付き合い誠に有難うございます!
次回がこちら『春編』の最終話となります*
その三日後から『夏編』を開始致しますが、そちらは季節を合わせる為に、二話ずつ更新を予定しておりますので、何卒宜しくお願い申し上げます☆
★次回更新予定は七月十六日です。




