[42]答えと変化
「モモっ!!」
今一度大声で呼びかけ走った。呼ばれた声に反応した少女の顔は、ちゃんとこちらを向いている。遠くからでも分かっていた。あれは──あいつだ。
「……先輩……?」
呼ばれたモモも叫び近寄る相手の姿をしっかり目に入れていながら、今自分の置かれた状況が分からなくなった。──どうして先輩がここに? それも何だかかなりおっかない形相をしてこちらに走ってきていない?
凪徒は立ち尽くすモモの手前、腰かけた中年男性へ焦点を合わせた。──あれが高岡社長か? そしてあれが──。
「このぉっ、スパイ増殖マシーンがっっ……!!」
「な、なに、なに?」
驚くほどの速さで駆け寄る凪徒の右拳が振り上げられたのを見て、モモは咄嗟に紳士の前に立ちはだかった。明らかに凪徒の目標は高岡だ。──でも聞こえた“スパイ”って? “マシーン”って?
「よくも俺の……──」
──俺の?
モモは高岡を庇いながら凪徒の台詞の続きも気になりつつ、更に自分の身の危険も感じていた。興奮した凪徒のパンチは止まりそうもない。──ってことはあたしが殴られる? でも避けたら、お父様が──。
「──相棒、にぃっっ!!」
「ひいっ!!」
凪徒の叫びとモモの悲鳴が重なり、そして目の前に繰り出されていた鋭いパンチは、ギリギリモモの鼻先で止められていた。恐る恐る開かれたモモの視界を埋め尽くす凪徒の拳はゆっくりと遠ざかり、息を弾ませた真剣な表情が垣間見え、そして──
「……あ、あくまでも、空中ブランコの『相棒』って意味だ」
「そ、そんな説明しなくても分かってますからぁ……」
照れ臭そうにプイっと横を向いた凪徒の弁明で、おどおどしながらもモモはぼやいてしまった。でも瞬間分かる──先輩、きっと一生懸命探してくれたんだ。『相棒』のあたしを──だってあんなに真剣な表情、ブランコの演舞でしか見たことがない。
「……明日葉」
「あ、大丈夫ですか? お父様!」
──アスハ? お父様!?
落ち着きを取り戻した高岡の呼ぶ声に心配そうな仕草を向けたモモを見て、凪徒はギョッとしてしまった。── 一体全体どうなってるんだ?
「とうとうサーカスのお迎えが来てしまったようだね……でも、どうか私のことは心配しないでおくれ。これからは君の晴れ姿を見に行くという楽しみが出来たんだ。私も病を克服して、花純くん桔梗くんと共に君を見守っていくよ……一日でも長くね」
「は、はいっ! 是非そうしてください!!」
高岡の前にしゃがみ込み両手を握り締めたモモの背中を見下ろしながら、凪徒は自分の目を疑った。──もしかして人違いしたのか? モモとは思えない洒落た格好しているし……いや、こいつ、さっき俺の言葉にちゃんと返答したよな?
「彼がブランコのパートナーなんだね?」
「あ、はい。桜先輩です」
──やっぱり……モモだ。
自分を男性に『桜先輩』と紹介し、立ち上がったモモに再び身体を向ける。しばし視線を合わせたが、
「お前……お仕置き。デコ出せ」
「ひーっ!」
モモのいやに幸せそうな満面の笑みが、今までの苦労を思い出させていた。
──そうだ……こいつのお陰で散財するわ、ブランコから落下しそうになるわ、河川敷に落ちるわ~!!
「せ、先輩、今でなくてもっ」
「嫌だ、どれだけ俺達を心配させたと思ってるんだっ」
半泣きで額を両手で隠すモモの小さな頭をがっちり押さえ込んだが、その刹那あのメイドの言葉が思い出され、モモの手を引っぺがそうとする力をためらっていた。
『女性のお顔にお仕置きするなんて、わたくし共が許しません』
「ああっ! ったくよ!!」
仕方なく両手を握り、モモの両側頭部にゴリゴリ押しつけて終わりにする。
「いったあぁいっ、ご、ごめんなさい~先輩~~」
「おまっ……今、何て……?」
「え?」
──絶対「すみませんでした」しか言わなかったモモが、「ごめんなさい」って言った……?
唖然とする凪徒の前、お仕置きされた部分をこすりながら、モモは自分の零した言葉に気付かずにいた。
──こいつ……このおっさんやあのメイド達のお陰で何かが変わったのか……?
「凪徒~! 見つかったかー?」
驚きで言葉を失った凪徒の背後から、暮の呑気な呼びかけが聞こえてきた──。
★次回更新予定は七月十日です。




