[41]終幕と発作
到着した凪徒が園内を捜索し出して三十分後──。
「とーっても楽しかったです!」
モモはアトラクションエリアの屋外カフェスペースにて、テーブルを挟んだ高岡に笑顔で答えた。
「それは良かった。私もすっかり子供に戻った気分だったよ」
春の陽差しは少しずつ強くなり、シェードがちょうど良い温度の影を落としている。時折吹く風も爽やかで、一息ついて冷たい飲み物を通す二人の喉を優しくくすぐった。
「これで……心残りはなくなった」
「え……?」
細められて柔らかく見つめる紳士の眼に、刹那動きの止まってしまうモモ。
心残り──なくなってしまったら、その後は?
「我が家に来た時の君は、或る意味『卵』だった。殻に守られて、閉じ籠もって……いや、閉じ込められていた。でも今は自然な笑顔が宿っている。それはきっとサーカスに戻っても現れるだろう」
「は……はい」
満足したような高岡の微笑みを、表では有り難く思いながら裏では戸惑いを感じずにはいられない。自分の今までの人生に達成感を認めてしまったら、今後紳士はどう生きていくのだろう?
「あ、あの、お父様」
「何だい? 明日葉」
そうしていつになく笑みを刻んだ父親としての顔は、どこか達観して見えた。全てをやり遂げて、もういつでも──すぐにでも明日葉の元へ行っても良いのだ。と告げているようだった。
「えと……あの、これ……買い物の時に桔梗さんと選んだのですが……良かったら使っていただけませんか? あたし、あんまりお金を持っていなかったので、殆ど花純さんと桔梗さんが出してくださったのですけど……」
買ってもらったバッグからおもむろに取り出された小さな紙包み。恥ずかしそうに差し出されたモモの掌から受け取り、ゆっくりとほどいてみた中身は黒革のパスケースだった。
「明日葉さんのお写真が入った物は随分愛用されているみたいでしたから……もし嫌でなかったらそちらはお家に保管してもらって、今後はこちらを……あ、もちろん写真は入れ替えてくださいね」
ハッとした紳士の驚きの瞳が、はにかんだモモの姿を捉える。
「ありがとう……大切に使わせてもらうよ。明日葉の写真と……これからは君の写真も入れさせてもらおう。君は……二人から私の病のことを聞いたんだね? ──だから今日まで一緒にいてくれた」
「あ……」
大事そうに両掌でプレゼントを包み込み、一層温かな笑みを向ける高岡。彼がその事実に気付けたのは、きっとモモの表情にも見えたからに違いない。──花純と桔梗の哀しみを含んだ相手を思い遣る心の色と同じものが。
「すみません……隠していて」
「いいんだよ。いや、こちらこそ心配させてしまった上に、色々と気遣いさせてしまったようだ……申し訳なかったね」
「いえ……でも……そう思ってくださるのなら、どうか長生きしてください! 明日葉さんのためにも、花純さんや桔梗さんのためにもっ!!」
「桃瀬くん……」
涙を溜めたモモの必死な面に、高岡は二の句を継げなくなった。困ったように目の前のアイスコーヒーに口をつけ、途端咳き込んでしまった。
「おっお父様っ!?」
もしや肺の病が? と立ち上がり慌てて背中をさするモモに、高岡はむせながらも言葉を継ぐ。
「い、いや……気管に、入っただけだ……」
──その時。
「モモっ!!」
「え?」
ずっと遠くの真正面、自分の名を叫ぶ声がモモの視線を上げさせた──。
★次回更新予定は七月七日です。




