[40]照準と対象
高岡紳士とモモが訪れたサウスオーシャンパークは、その地方では名の知れた大型テーマパークだ。敷地の南側に海を有し、施設の半分が水族館、北側の半分は遊園地になっている。
開園時間少し前に到着した二人は、しばし外側の海岸を散策した。まもなく入場が始まったので、南方の海を再現したようなアクアリウム・ゾーンを先に堪能することにした。
平日のお陰で少々混雑は緩和されているが、分厚い透明アクリルに顔を押し付ける子供達の列は長い。そんな幼な子のやんちゃ振りも、機敏に飛び回るイルカのショーも、二人にとってはどちらも新鮮で、楽しく幸せな風景だった。
早い時間に入ったこともあり午前の内には館内をほぼ巡り終えたので、水族館のレストランで早目の昼食を取り、アトラクションのエリアに移動した。高岡は意外にもジェットコースターなどの絶叫系を好み、もちろん空中ブランコをこなすモモも無理なくそれらを共に楽しんだ。
そしてその間の凪徒と暮は──?
「おい……お前、本当に行く気があるのかよ」
運転は任せておけと鍵を譲らない暮の驚くほど極端なノロノロドライブに、かなりの辛抱をしてみた凪徒だったが、三十分もしない内に堪忍袋の緒は切れていた。
「あるに決まってる。だからこうして運転してる」
相変わらずの調子で悠々と答える暮は、真っ直ぐ前を向いたまま海岸線のなだらかなカーブに沿って車を走らせていた。が、走ると言うより老人の散歩みたいな怖ろしくのんびりなスピードだ。
「何か魂胆があるんだろ? 教えろよ」
「駄目だ。今は言えない」
暮の即答に、ギロりと睨みつける凪徒。
「やっぱり高岡のメイドに丸め込まれたんじゃ──」
「丸め込まれた訳じゃない。が、おれのやってることにはどちらにもメリットがある」
「一体何なんだか……」
呆れた調子で暮とは反対の方向に顔を向け、太陽に照らされた波間を見下ろした。一度はハンドルを奪い取ってやろうかとも考えたが、これだけ暮が自信満々な表情を変えないのだ。こいつにも何か考えがあるのだろうと、仕方なく付き合ってやる気持ちになっていた。
白波を立てる海岸線、皆とじゃれ合って走ったあの待ち受け画面の海を思い出す。モモが珍しく写真を撮りたいと言い、団員の誰かに携帯を手渡して、そうだ……後ろからこっそり近付き羽交い絞めにして、息を止めた時の苦悶の瞬間、あれがあの写真──。
モモを宝物の一人だと言い切った団長。俺をモモにとっての憧れであり目標だと推測した秀成、そして尊敬の対象だと聞かされていたあのメイド──では俺にとってのモモとは? 一体何──?
「……わっかんね」
つい唇から零れた投げやりな言葉と共に、シートを倒してふて寝を決め込む。いや、分からないというより、決めつけたくない気持ちもしていた。
「おれは分かってきたぞ」
と突然独り言に割り込んできた少々興奮気味な暮の台詞。
「とにかくハッキリしたのは、一番の食わせ者は団長だったってことだ」
「?」
不敵な笑みを刻む暮の横顔を一瞥して再び目を伏せる。
それから約六時間、どこをどう巡ればそんなに時間を掛けて五十キロ程度の道のりを運転出来たのか──もはや訊く気にもならないほどのドライブに付き合わされた凪徒は、ようやく辿り着いたパークの入口で立ち止まった。
硬くなった身体の節々を鳴らしながら、必ずモモを見つけてみせると決意を新たにした──。
★次回更新予定は七月四日です。




