[39]忘れ物と戒め
「えぇと……はい?」
凪徒は黒い金属のずっしりとした重量感に戸惑いながら、目の前で微笑む桔梗を見下ろした。
──お嬢様だとか忘れ物だとか、全く意味が分からない。いや、一つ確かだったのは『サーカスの先輩』と言ったことだ。俺を『先輩』と呼ぶのはモモしかいない──。
「お嬢様は先輩様をとても尊敬していらっしゃると仰っておりました。ですが……」
──尊敬? でも?
「あのデコピンさえなければ。とも仰いましたけれども」
「あいっ……つぅ……!!」
自分のすぐ前でクスクス笑い出してしまった桔梗の言葉が、凪徒の脳天を沸騰させた。
──あいつ……見つけ出したら、それこそデコピンでお仕置きしてやるっ!
「す、すみません、お嬢様のとっても怖がっているお顔を思い出しましたらつい……でも先輩様、どうぞお嬢様のお顔に傷を付けるようなことはなさいませぬよう……」
「あいつが仕置きされるようなヘマやらかすからだ」
「女性のお顔にお仕置きするなんて、わたくし共が許しません」
桔梗は笑顔を絶やさないまま、それでも厳しい声色を見せた。モモとは赤の他人の筈の女性にこうも諭されては凪徒も黙らずにはおられないが、一体どういう関係なのか?
「あんた、モモの何なんだ?」
「花純とわたくしは、お嬢様の姉でございます」
「へっ!?」
──両親に捨てられたモモに双子の姉?
「まぁ……たった四日間の姉妹ごっこではございましたが……」
──『ごっこ』……そうするとここに、おそらくこの部屋にモモはずっと滞在していたということか──。
凪徒は改めて桔梗の向こうに広がる可憐な室内に視線を巡らせた。スパイ養成試験のための会場や宿泊地とは思えないが、邪険に扱われていなかったことだけは理解出来る。
「先輩様、クレ様がお待ちと思いますので、どうぞこちらからお戻りくださいませ。それと……桃瀬お嬢様を、くれぐれも宜しくお願い致しますね!」
そうして桔梗は深々と凪徒に頭を下げた。まるで本物の姉のように……ここでモモはどんな生活をしたというのか。
半分呆然と口を開いたまま凪徒は誘われるままに中庭に出て、先を歩く桔梗の後をついて行った。やがて花純と共に待つ暮の姿が見えたが、どうしてなのか他の団員達はすっかりいなくなっていた。
「暮? みんなは?」
「先に行ってもらった」
そう一言だけ返した暮の目線は凪徒の持つエアソフトガンに留められた。
「こっ、これっ!」
「あん? 知ってるのか、暮?」
暮は驚きの眼で凪徒に駆け寄り、その銃をまじまじと見回した。
「何でこんな所に? 多分それ、おれが捕まえた犯人がお前を狙った凶器だぞ」
「ああっ!?」
暮の驚きが移ったように凪徒も驚愕の大口を開ける。思わず投げ出したそれを慌ててキャッチした暮も、目を丸くして苦笑いをした。
「少なくともモモがここにいたってことは間違いないな。行くぞ、凪徒。モモの“移送先”、サウスオーシャンパークへ!」
暮の気持ちを切り替えるような大声に、凪徒もゆっくりと頷き南の空を仰ぎ見た──。
★次回更新予定は七月一日です。




