[38]ミイラとミイラ取り?
それから十数分後。涼しい音を立ててフォークの置かれた大皿は見事に空となっていた。これだけ美味しかったからこそ完食出来たが、そうでなければどんなにモモを想っても、途中でギブアップしていたかもしれない。
「ふい~ごちそう様!」
「「お見事でございました、クレ様!」」
美人双子姉妹に拍手を送られ、まんざらでもない暮。が、それと同時に右手からズシンと何かが倒れる音がした。
「どうもあいつら待てなかったみたいだな……」
暮は呆れたように短い髪を掻きながら立ち上がった。邸宅の正門へ向かう暮の背中を花純と桔梗も追いかける。やがて見えた要塞の壁のような金属板は、正門の真ん中一枚だけが道路の方へと倒れていて、そのこちら側とあちら側に団員達の立ち尽くす姿が見受けられた。
「あら……まぁ」
花純の驚きを含んだ苦笑いの声。
「お陰でわたくし達も自由になれましたが、こちらを一枚でも退かしていただけましたら本当の本当にヒントを差し上げるつもりでしたので、もう撤去されてしまいましたとは……困りましたわねぇ」
──自由にって……この壁、高岡氏の仕業じゃないんだ!? それにしてもまだ答えを出し渋るつもりだったのかよ?
暮もまた花純を見つめ、苦々しく口角を広げた。
「お嬢さん達の事情は分かったんだ。おれがどうにか時間稼ぎしてあげるよ」
「さすがクレ様でございます! どうぞ宜しくお願い致します!!」
桔梗が喜び勇んで暮の両手を握り締める。再びメロメロに顔を緩ませたピエロはしかし、背後からの苛立った声に舌打ちして振り向いた。
「おっせえよ、暮! 何やってたんだっ!!」
「凪徒~おれの恋路を邪魔してくれるなー」
「恋路って……ミイラ取りがミイラになってんじゃねぇ!」
おそらくは暮のように数人が邸宅の内側に飛び降りて金属板を押し出し、手を掛けられるスペースを作って皆で外側に倒したのだろう。よっぽど重かったのか、汗だくになった全員が息せき切ってそのにやけ顔を睨みつけた。
「おーこわっ! まぁ待てよ、試練を乗り越えてちゃんと情報は得たんだ。編成組み直すからちょっと集まってくれ。で、えーと、お嬢さん方、モモの居場所は?」
「「はい、クレ様。サウスオーシャンパークでございます」」
団員の足並みがつい立ち止まってしまうくらい、双子の言葉は全く淀みなく重ねられていた。
「……信じていいんだね?」
「「もちろんでございます。ご主人様の想い、わたくし共は既にクレ様に託しました」」
二人の強い瞳の色を感じて、暮も真摯な顔で大きく頷く。こんな短時間に出来上がった深い絆らしきものを不思議に思いながら、団員達は彼の前に集まった。
「それじゃあ──」
「あーわりぃ。その前に手洗い借りられるか?」
ふと凪徒が暮に手を上げて、続く言葉を中断させた。頷く暮。「こちらです」と案内を始めた桔梗に連れられ、凪徒は館のエントランスを抜けた。
洋館風のとにかく広い空間はまるでヨーロッパの宮殿のようだ。かなり奥まで通されて指し示された扉を開けたが、余りに広いバスルームにトイレを見つけるのにも苦労するほどだった。
用を済ませた凪徒は廊下に戻ったが、既に桔梗の姿は消えていた。出口とは逆の方向へ赴き、幾つかの扉を開いて中の様子を窺い見る。どの部屋も整然と片付けられ、美しい壁紙や装飾が煌びやかではあったが、鼻につくような華美ではなく、全てが品の良さを示していた。
一番奥、突き当りの扉を開くと、そこにはかなり少女趣味に飾られた淡いピンク色の部屋があり、先程の桔梗が背を向けて立っていた。凪徒は控えめに声をかけ、
「あの?」
「あ、失礼致しました。お嬢様の忘れ物を探しておりまして……えっと……サーカスの先輩様でございますよね? こちらをお嬢様にお返しいただけますか?」
そうして手渡されたそれは毎度の如く、あのエアソフトガンであった──。
★次回更新予定は六月二十六日です。




