[37]ケーキと想い出
「ではクレ様、まずはこちらをどうぞ」
「え……?」
迫力に気圧されてついて行った中庭には、自分とは真逆と思われる可愛らしい趣味のテーブルに椅子が数脚、そこへ座らされて数分独りにされたが、やがて先程の女性が大きなデコレーションケーキを目の前に供して微笑んだ。
「いや、だから食べてる時間はな──」
「お召し上がりください。完食されましたらお嬢様の居場所のヒントを差し上げます」
「えぇっ!?」
強い口調で割り込まれた言葉に思わず大声を上げてしまう。直径二十四センチ、高さは十五センチほどだろうか? 生クリームで装飾された上部には大量の果物が山積みになっている。これを全部一人で平らげろと言うのか?
「外で待ってるメンバーを呼んでは……」
「もちろんそうされましたら無効となります」
「さいですか……」
しかたなくしょぼくれた顔をケーキへ向け、目の前に置かれたフォークを手に取る。甘い物は苦手ではないが、朝からさすがにこの量は厳しいな、とつい酌量の余地を求める視線を女性に投げかけていた。
「サーカスの皆様が真剣であられますように、こちらもこちらで真剣なのでございます。ですから……クレ様が出来ないと仰いますなら、その程度の真剣味として理解させていただきます」
「う……」
弱腰の表情を悟られて放たれた厳しい言葉に、さすがにここで負けたら男がすたる、と暮は一転戦闘体制の顔つきに変わった。依然目の前で静かに佇むメイド女性の趣も、先程と同じ麗らかな微笑みに戻る。そして一口──。
「わっ! うまいっ!!」
生クリームの程好い甘さと、しっとりしたスポンジの柔らかさ、その両方を引き立てるフルーツの爽やかな甘酸っぱさ……どれをとっても非の打ち所がなく、気付けば一口また一口とケーキを運ぶ手を止められずにいた。
「クレ様、お紅茶をお持ち致しました」
目の前の女性は身じろぎもせずに見守っているのに、ふと左手から同じ声が聞こえてきて、振り向いた暮は危うくケーキを噴き出すところだった。
「そ……そっくり!」
「「双子ですから」」
見上げた驚愕の眼が右へ左へと泳いでしまう。そんな暮を見下ろした二人はつい顔を見合わせて、含み笑いのような笑みを零した。
「え……?」
「あ、申し訳ございません、クレ様。お嬢様の反応と全く同じでございましたので、何だか懐かしくなってしまいまして……」
紅茶を差し出した女性はそう言って笑ったが、その中には不思議と淋しさも垣間見えた。
「お嬢様ってモモのことですよね? どうもこちらが把握している話とは噛み合ってこないんですが、お互い情報交換してみませんか?」
尚もケーキを食べ続けながら、暮は二人に状況を知り得るための打診を試みた。二人は今一度顔を見合わせ、やがて紅茶の女性とは別の──こちらが花純なのだが──が一歩近付き、暮の耳元に小声で囁いた。
「他の団員の皆様には一切他言されませぬならば……」
思いがけず近寄った彼女の淡い香水がいやに艶っぽい。一瞬頬を赤らめた暮はその条件を呑むことに応じ、唇の端に付いたクリームを一舐め、深く頷いた──。
★次回更新予定は六月二十三日です。




