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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.1:春】夜桜の約束 ―プロジェクト“S”を暴け!―
35/154

[35]寄り道と感謝

 凪徒は(ゆる)い傾斜の土手に船を着けてもらい、お礼を言って老人を見送った。川の向こうから注ぎ込まれる(まぶ)しい朝の霞んだ光が、あたかもヴェネチアのゴンドラとゴンドリエーレ(船頭)かと思わせるように、船と老人をセピア色のシルエットに変える。イタリアのお洒落な光景を楽しんで一つふうと息を吐き、草を踏みながら坂を登る。凪徒はようやくバリケードの見当たらない通りのまばらな車道に出た。


「どっちだ?」


 仕方なく携帯の地図機能を表示し検索する。秀成に教えてもらった高岡邸はここから道のりで六キロほど。手前一キロの所に会社も在るので、おそらくこの時間では無人と思われるが、覗いていこうと心に決めて走り出した。




 ☆ ☆ ☆




 その頃既にモモは出発しており、以前と同じ海沿いのルートでしばしのドライブを楽しんでいた。朝陽に照らされた波間はキラキラと輝いて、まるで金色の花畑のようだ。窓を大きく開け放した途端、冷たい春風が割り込んできた。それは泣いたモモを笑うように、熱の帯びる(まぶた)を沁みさせた気がした。


「あの……桔梗さんはお父様が寄りたい所があるらしいと言っていたのですが?」

「え? ああ……そんなことを言ったかい? まぁ時間もあることだし、寄っていこうか。吉村君、丘の上の……宜しく頼むよ」

「はい、ご主人様」


 吉村と呼ばれた腕の立つ運転手は、言葉尻を濁されたままでも理解したようだ。モモは不思議そうな顔を高岡に向けたが、海とは反対側に座る彼をずっと眺めているのもおかしな感じがして、問いかけぬまま逆側の景色を目に入れた。


 しばらく進んだ先に内陸へ入る小道が現れ、運転手はそちらへ右折した。小道は紳士が『丘』と言った通り坂を登っており、幾つかのくねるカーブを越えた後、やがて海の見える丘に辿(たど)り着いた。


「ここは……」

「そう。明日葉の眠る墓地だよ」


 駐車場に停められた車から降り、石畳の通路を進む高岡に続く。左右には濃いグレーの墓石が海に向けられて陳列し、それはかなり遠くまで並んでいた。


 墓石は良く寺院で見られるような縦長の直方体ではなく、どちらかと言えば幅広でプレート状のシンプルな物が多い。(みち)の途切れた一番海に近い最前列を右に折れて、三番目に明日葉と妻らしき名前が見つけられた。


「お花、買ってくれば良かったですね」

「そうだね。でもこんな時間だったから」


 車内に常備しているのだろう、高岡は運転手から渡された線香に火を点け、半分をモモに手渡した。

 二人は線香台に線香を寝かせて置き、しゃがみ込んで手を合わせ、少しの間目を閉じた。モモは高岡の病を癒してくれるようにお願いしたが、父親である彼は娘に何を祈ったのだろうか。


「海が良く見えて素敵なところですね」

「この傍にも展望台があるんだ。そこへ良く明日葉と行ったから。きっとここがいいだろうと思ってね」


 立ち上がり海を望んでふと、墓石に水を掛けてあげることを忘れていたことに気が付いた。紳士に水道と手桶の場所を訊き、モモは一人取りに走って、明日葉の墓地を綺麗に拭き上げた。


「ありがとう、桃瀬くん」

「いえ……あたしも明日葉さんにお礼をしたかったので」


 高岡や花純に桔梗──三人の素敵な家族に巡り会わせてくれたこと。自分がどうあるべきなのか気付かせてくれたこと。感謝してもしきれないくらいの気持ちだった。そして自分に会ってみたいと思ってくれたことも──明日葉が出来なかったことを、自分が全身で感じて伝えたい──そんな想いで一つ一つを丁寧に仕上げた。


「さて……行こうか、『明日葉』」

「はい、お父様」




 ──あと少しだけ、お父様をお貸しください、明日葉さん。




 残り数時間。二人きりの父娘(おやこ)の時間を心に深く刻み込むために──。




★次回更新予定は六月十七日です。

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