[29]気負いと思惑 〈H♡L〉
「タイムリミットまで、最大でもあと二十五時間ってところだな……」
凪徒の運転する営業車の助手席で、暮がぽそりと一言呟いた。
午前・午後の各一公演、そして夜の貸切を無事終えて、前夜と同様に片瀬市街地へ向かう。明日は休演日ということもあり、戻り時間を決める必要はなかったが、寝ずの捜索は休み明けにも響きかねない。そのため女性陣の応援は明朝以降をお願いし、男性の団員のみが数台の車に分乗して併走していた。
「なぁ、凪徒」
「うん?」
暮の横顔が自分に向けられたのを感じて、それでも変わりたての赤信号から目を離さずに凪徒は答えた。
「おれ、団長の様子を窺うって言っただろ? で、いつ動き出すのかと探りを入れていたつもりだったんだけどさ、実は初めから団長は動いていたんじゃないのかな?」
「どういう意味だ?」
一瞬切れ長の目が暮を捉えたが、青い光が視界に入り凪徒は再びアクセルを踏み込む。
「昨夜も今夜も、マネージャーが何も訊かずにあれだけの車を出させてくれたのは、絶対団長の差し金に決まってるだろ? 団長は皆が動くのを計算に入れていたってことだ。つまり、これは団長の『想定内』だって訳さ。おれは団長がモモを手放す気はないって思っている。だからきっと……」
「団長は故意に俺達を邪魔しながらも、モモを探させようとしている──って言うのか? 何のために?」
「……うーん」
暮は唸りながら、あのモモがいなくなった夜の団長室でのやり取りを思い出した。
『いいんじゃないか、暮? たまには本気にさせてみても?』
──あれは凪徒だけに対する言葉だと思っていたが、本当は団員全員に向けられたものだったんじゃないか?
「お前もおれも、出来るだけ自然にモモと接してきたつもりだけど、モモが何となく溶け込めずにいるのは気付いていた……それってモモ自身の問題なんだと思っていたけど、本当はこっち側にも問題があったんじゃないかな?」
「こっち側……?」
ハンドルを左へ切りながら切なそうに目を向ける暮の表情を探ったが、なかなかその言葉の意味は汲み取れなかった。
「モモに家族がいないことで、団員の──特にサーカス内に家族のいるメンバーは、多分腫れ物に触る気分だったんだよ。家族団らんの姿をモモに見せることに気が咎めていた。それをモモも無意識の内に感じ取っていたんじゃないかな。モモってさ、小さい子供にさえ時々敬語を使うんだ……多分、一番の新入りであることも手伝って自分から踏み入ることを怖れていた」
「……」
凪徒はそれきり返事をしなくなった。
街を彩るネオンや街灯、車のライトが照らし出す夜の喧騒が、途端音のないしじまと化す。自分の中の騒がしく巡る思考も波立つことをやめ、ただひたすら一石を待ち受ける穏やかな水面を湛えていた。
☆ ☆ ☆
一方独り残された男子の秀成は──。
「ちっくしょ、ちっくしょ、ちっくしょおっ!」
自分の布団の上にあぐらをかき、相変わらず言うことの聞かない画面に向かって怒りをぶつけていた。
「ヒデナー、いる?」
「え……? あ、リン!?」
おもむろに車の扉がスライドし、パジャマ姿の愛しい彼女が血走った眼に映り込んだ。
「夜食持ってキタヨー、目ぇ真っ赤! カワイソカワイソ~」
お盆に乗せた中華料理を慌ててそのままちゃぶ台に置き、掻きむしったままの秀成の髪を優しく撫でながら抱きついた。肩先に仄かに柔らかい感触を得たことで一気に目を覚ました秀成は、そのまま倒れ込みたい衝動に一瞬支配されたが、何にせよ眠気が飛んだのはこれ幸いと「ありがと」と言いながら肉まんにかぶりつき、再び画面を覗き込んだ。
「ネェネェ~、誰に邪魔されてるの?」
隣で正座したリンの両腕が秀成の左腕に絡みつく。
「うーん? 国家機密レベルのどっかの組織」
肉まんを咥えながら適当な返事をし、両手でキーボードを叩く秀成。
「そのソシキってのに、殴り込んじゃえばいいジャン」
「だから~その組織に行くために探りを……あ、そっか!!」
──Nシステムをどうにかするんじゃなくて、こいつらの方にハッキングすればいいんだ!
「リン!!」
「……ハイ?」
大口を開けたせいで転げ落ちてしまった肉まんに視線を落とすリン。
「愛してるっ!!」
「んー!?」
いきなり口元を塞いだ肉まん香る唇と力強い抱擁に目を見開いて、秀成の勝ち誇った笑顔にリンはほんのり赤面した。
──これできっと炙り出せる!
それから三時間ほどして、凪徒の携帯に秀成からの吉報が伝えられた──。
★次回更新予定は五月三十日です。
★以降は前回連載時の後書きです。
いつも本当にまめまめしいお付き合いを有難うございます!
先日可愛いらしいモモのイラストを下さいました希都様より、再びとっても素敵なカップルw画を頂きました♪
半分程?物語に沿ったイラストとなっております*(PCの文字にご注目ですw)
希都様♡ イメージピッタリな秀成と、秀成にはもったいないw可憐なリンを、本当に有難うございました!!
2014年6月1日 朧 月夜 拝




