[27]買い物と本音
案の定、数時間手分けをしての捜索に手掛りは見つからなかった。数件『ベントレー』の目撃情報はあったが、いずれも色やモデルが違い、沈んだ気持ちと表情のメンバーは、翌日になるギリギリに自分の部屋へと重い足取りで戻っていった。雨は明け方に止んだが、凪徒は満開になった桜がどうなったのかも確認出来る心持ちではなかった。
一方秀成も唇を噛み締め過ぎて血の滲む始末だった。仮眠を取りながら夜通し改造画像の洗い出しと復元を試みたが、片瀬市役所以遠の情報は得られず、お粗末な落書きを一ミリすらめくり取ることも出来なかった。
そしてそんな二人が抗うことも出来ぬまま迎えた誘拐四日目のモモは──。
「え……買い物? お、洋服を……ですか?」
「はい。ご主人様が是非にと」
モモ達の朝食中に着替えてきたのだろう、初めて見る普段着のメイド二人に目を丸くしながら食後の紅茶で喉を潤していた。
「お父様のお買い物ですか? それともお二人の? あたし、余り洋服に詳しくなくて……コ、コーディネートとか無理ですよっ」
「いえ、お嬢様のお洋服でございます」
「えっ!」
モモは危うく紅茶を噴きそうになった。自分の洋服──いつも着たきりスズメのジャージとパーカー人間に、どうして洋服が必要なのか?
「まあまあ、お嬢様。ご主人様にお付き合い差し上げてくださいませ。わたくし達もお供致しますので」
「え……あ、てっきりお二人今日はお仕事がお休みなのかと思いました。……って、いえ、そんな! あたしの洋服に三人でって……そんな大げさなっ」
「ご主人様は運転手兼ボディガードだそうです。コーディネートは花純と桔梗が尽力致しますので……どうぞお任せくださいませ」
──それって、まさか初日のドレスみたいなのでは……?
いやに気合の入った雰囲気の二人に思わずのけぞってしまう。それでも意外に常識的な装いの姿に少し安堵する自分も存在したが──。
思えば施設の頃からジャージやTシャツ、良くてパーカーにジーパンの生活だった。学校には制服で通っていたし、家族や親戚が存在しないため冠婚葬祭もまず有り得なかった。サーカスでも練習着や本番の衣装以外は、自分だけでなく団員の殆どがジャージ姿だ。休演日にもどこへ行くあてもなかったから、高岡邸でのこのスカートなど制服以来の経験だった。
「あ、あの……こちらでご馳走になっているだけでも申し訳ないと思うばかりですし……かといって自分で支払えるほどお財布に余裕もないのですけれど……」
「「それがお嬢様のいけないところなのでございますっ!!」」
──え……?
遠慮がちな自分の台詞に応戦するように跳ね返ってきた二人の言葉は、いつになく語気の強い心からの叫びだった。
「も、申し訳ございません、驚かせてしまいまして……でもこれがわたくし共と、おそらくご主人様も感じていらっしゃる気持ちです。どうかせめて明日まででも、わたくし共を家族とお思いくださいませ。お嬢様にご家族がいらっしゃらなかったのは存じております。それでも以前いらした場所でも、今の場所でも、お仲間の皆様は家族同然だったのではないでしょうか?」
「家族……」
施設のみんな──同じ境遇を重ね、どんなにケンカをしてもすぐに仲直り出来たし、寂しい気持ちも共有出来た。でも年齢が上がって自分の『上』がいなくなるにつれ、誰にもワガママを言わなくなっていた。
中学の卒業と同時に施設も卒業して、『サーカス』という未知の世界に飛び込んだ。そこには既に全てが出来上がっていた。団員達とその家族──もちろん独身組の殆どは別の場所に家族を持つが、誰一人自分と同じ過去を持つメンバーは存在しなかった──だから?
──だから、自分はどこか『浮いた』存在だった──?
「花純さん、桔梗さん……ありがとうございます。ちょっとだけ、分かってきた気がします……」
『頭と心の中身をまっさらにしてごらん』
高岡紳士から得た助言。少しだけ感覚的に理解出来た気がした。モモは自然な笑みを二人に見せ、出掛ける支度をしようと明日葉の部屋──いや、自分の部屋へと向かった──。
★次回更新予定は五月二十三日です。




