[26]協力と一致
それから小一時間ほどして雨が本降りになったため、海岸沿いをドライブしながら二人は邸宅に戻った。モモは再び夕食の準備に協力しながら、『サーカスではない』夜を待っていた。
その頃凪徒も午後の公演を終え、片付けをしながら秀成の『答え』を待っていたが──。
「凪徒さん……今分かっている一番遠い地域は、ここから二十キロほど南西の片瀬市役所東でした。そこから県道を南へ走行しています。車は黒のベントレー・コンチネンタルGTとまでしか……でもまぁ都心なら沢山走ってますが、この辺りでは珍しいと思います。問題は車体が黒いので夜の捜索には向かないことと、何せ高級車ですから、おそらくビルトインガレージのような外からでは分からない状態で格納されているものと思いますけど……」
テント内を駆けずり回るスタッフの中、秀成はパソコンを抱えて走り寄った。その同車種の画像と片瀬市街地の地図を遠慮がちに、汗だくになって修繕作業する凪徒の目の前に提示した。
「ありがとな、秀成。とりあえず上々だ。こっちが終わったら行ってみる。スマホに画像を送っといてくれ。悪いけど引き続き探索して、何か分かったら連絡もらえるか?」
「は、はい……でも、本当に行くんですか?」
手を止めて画面を覗き込んだ凪徒は、秀成の戸惑いの表情に迷いのない笑顔を見せた。
「私有地まで侵入する訳にはいかないからな。片瀬の繁華街でその車見かけた情報でも集めてみるよ」
屈んでいた身を起こし額の汗を拭った凪徒は、まるで生まれ変わったみたいに爽やかだった。
やがて消灯し厳重に施錠されたテントを後にして、打診しておいた営業車の鍵をマネージャーから受け取った。激しく降り続く雨の中、関係者専用の駐車場へ向かったが、
「は……?」
そこには人だかりらしき黒い塊が立っていた。
「遅いぞ、凪徒」
「え?」
真ん中から聞こえてきたのは暮の声だ。
「おれ達も行くぞー」
そうして一台のヘッドライトが点灯し、殆どと思えるくらいの団員の集まりが照らし出された。
「なっ……えぇっ!?」
「あんまりカッコいいところ持っていくなよな~、少しは手伝わせろ」
左側からの光で出現した皆の顔は、全員凪徒をニヤリと見つめている。
「カッコいいって……いや、待てよ。明日も公演あるんだぞ!」
反面凪徒は焦っていた。協力は嬉しいが、共倒れしたら意味がない。
「それはお前だって一緒だろ? 人手があればそれだけ早く帰ってこられるんだ。明日の公演後はともかく、今夜は短時間で済ませるべきだ」
「それはそうだけど……」
「だってモモちゃんは、私達のモモちゃんでしょ? まぁ……凪徒君だけのモモちゃんだって言うなら、ここは遠慮しても構わないけれど?」
暮の隣に立つ鈴原夫人も同調して、冗談混じりに困惑の凪徒を説き伏せた。
「ばっ……変なこと言わないでくれよ、夫人!」
「じゃあ、凪徒君の了解は要らないでしょ? これは『協力』じゃなくて『一致』なのよ。全員が全員、今出来ることをやりたいの」
「……」
凪徒は何も言えなくなった。確かにモモは『皆』の仲間であって、自分は皆の想いにどうこう言える立場ではない。けれど──自分の思いついた方法は数パーセントの可能性もあるかないかの賭けだ。それを皆に強いて良いものか迷っていた。
「凪徒、こうしていても時間が過ぎるだけだ。繁華街も閉まっちまったら意味がない。ほら行くぞ」
「暮……」
そうして手中の鍵を奪い取った暮は、運転席に手を掛けて目配せをした。
「皆、聞いてくれ! タイムリミットは二十四時。それまでに全員戻ってくること! 必要な資料は秀成がメールで提供するから、携帯で確認するように! 戻った時点でおれにもメールか電話くれ! じゃ、雨降ってるからくれぐれも事故に気を付けて宜しく!!」
暮は全員に聞こえるよう大声で叫んで乗り込んでしまった。既に編成は組まれていたのだろう、途端数台の車に分かれて乗り込む団員達。呆然とその様子を眺めていた凪徒は、後部座席に乗り込む夫人に手招きをされ、慌てて助手席に滑り込んだ。
「行くぞー凪徒。モモは『おれ達』で見つけるんだ」
暮はアクセルをふかして勢い良く発進した。
微かに放心しながらも頷いて、フロントガラスを打つように降り続ける雨を見る。凪徒は思っていた──そして高岡邸の窓から外を望むモモも。
──ああ……桜、散っちゃうな──。
★次回更新予定は五月二十日です。




