[21]失敗と光明
その夜の貸切公演で、凪徒は危うく落下事故を起こしかけた。
個人演技の最中だったために夫人に迷惑を掛けることはなかったが、セーフティネットの届かない支柱の傍でのアクシデント故、それを見ていたスタッフと観客は一瞬肝を冷やしたことだろう。貸切公演ということもあって団体客のトップに謝罪を申し入れ、団長と共にお詫びに伺ったが、「ともかく無事で良かったね」との慰めの言葉に、しばらく足先が近くなった頭を上げることは出来なかった。
「さて……本来なら説教タイムとなるところだが、今夜はもう遅い。良く休んで明日の朝、わしの所に来なさいの」
団長室の手前でそう告げられた凪徒は小さく「はい」と答え、自分の車の布団に突っ伏した。──こんなこと、何年もなかったのに──。自身に怒りが込み上げて止まらない。
「凪徒さん……起きてます?」
少しして物音に目が覚めたのだろう、秀成が足元から声をかけた。本来なら無視して狸寝入りを装いたいところだったが、今回は秀成も巻き込んでいての失態だ。とりあえず身を起こして、ぼんやりと霞む黒いシルエットに返事をした。
「Nシステムですけど、すみませんがもう少し時間を下さい。ちょっと仮眠したらまた挑戦してみます。どう考えてみてもおかしいんですよ。Nシステムの管理者じゃない、おそらく僕と同じような侵入者が邪魔をしてるんです。とりあえず明日の朝には結果を出します」
秀成の表情は暗闇に紛れて見えなかったが、その口調からハッキングへの意気込みと、凪徒への励ましの気持ちが感じられた。
「わりぃな、巻き込んじまって」
ぼそっと一言、何とか言葉を吐き出す。暮と話してからの凪徒は、そうでなくても自己嫌悪が渦巻いていた。
「僕、巻き込まれたなんて思ってないですから。他の皆も同じだと思いますよ? だってモモはここのメンバーでしょ? 凪徒さんが動かなくたって、誰かが絶対動き出します。現に今も皆、自分が出来る何かを探してるんです。モモを救い出すための何かを」
──!!
「そ……だよな──」
凪徒はその言葉で頭をガツンと殴られた気がした。──そうだ……ブランコ乗りのパートナーだからと言って、自分ばかりがやっきになっていた。もっと皆を信用し、協力を求めるべきだったんだ……モモは皆の『仲間』なんだから!!
「とにかく凪徒さんは今夜のことなんか忘れて休んでください。僕の代わりは何人か出来ますけど、凪徒さんの代わりは……まぁあのまだ分不相応の二人がいますけど、やっぱり凪徒さんしかいないんです。それに落下しかけたなんてモモに知られたら、さすがに真面目大人しい彼女だって、凪徒さんを叱ると思いますよ?」
「モモが……?」
──そんなこと、あのモモに限って有り得るのだろうか?
「だってモモは凪徒さんの演舞に憧れて入ってきたんでしょ? 目標がそんな状態じゃ、モモも怒りたくなると思います」
「……」
秀成の言葉は手厳しかったが、全くその通りだと思えた。確かに……そして自分がこんなことで、どうしてモモを取り返せるというのだ。
「あ~あ、興奮して喋ったから目が覚めちゃいましたよーちょっくら侵入試みますんで、キーボードカタカタ言わせてもいいですか? 他の二人には別の車で寝てもらうように頼んでここにはいませんから、凪徒さんも悠々自適に休んじゃってください」
「秀成……」
「はい?」
「ありがと、な──」
「は……はいっ!」
凪徒は秀成のさりげない優しさに、秀成は凪徒の珍しい感謝の言葉に驚き、嬉しさに心震わせた。
明日・明後日──計五公演。そして三日後は休演日。
──必ずモモを見つけて取り戻す。あいつは俺達の『仲間』なのだから──。
★分不相応の二人とは、空中ブランコのサポート役のことでございます。
★次回更新予定は五月五日です。




