[20]料理と洋服と・・・
モモは広大なダイニングの長~いテーブルの隅に着席し、目の前に並べられた沢山の豪勢な料理を見て、まるで夢のようだと感嘆した。
「さ、どうぞ。召し上がれ」
テレビドラマなどであれば、席を立たねば見えないような向かい側に高岡が腰を据えるところであるが、さすがにそんな意味のないことはされず、すぐ斜め横の長手の端で今まで通りの笑顔が箸を勧めてくれた。
「は、はいっ、お……お父様、いただきます!」
そう元気良く声に出して、胸の前で手を合わせる。早速一番近いトマトの肉詰めに箸を伸ばした途端、
「うっ、うう……」
もしや余命半年と宣告された病の発作か!? と咄嗟に顔を向けたが、
「明日葉が「お父様」と呼んでくれた……」
そこには感動で涙にむせぶ高岡の姿があった。
「え、えーと、あのっ、えっ、どうしよ……あ、ほら、これ美味しそうですよ! お父様も早く召し上がって!!」
慌ててムニエルらしき切り身の盛り付けられた食器を高岡の前まで寄せたが、「明日葉が料理を勧めてくれた上に、また「お父様」と呼んでくれた~!」と更に泣き出してしまった。
──ここでは、必ずお預けをさせられちゃうのね……。
苦笑いをしながらもサーカスでの食卓を思い出す。
公演前や間の食事はいつも戦争のようだ。『鉄則──早く食べて早く片付ける』
夜の貸切公演がない時や翌日が休演日の夕食は少し落ち着いて食べられるが、早食いが当たり前になっているメンバーにはお腹が満たされればOKという輩が多く、のんびり食べていれば「もう要らないの?」といわんばかりに箸攻撃が襲いかかってくる──特に身丈のある凪徒から。
──ここに先輩がいたら、それはそれで食べられなさそうだ……。
そんなことを思ったら、いつの間にかクスりと笑みが零れた。
「すまなかったね、明日葉。つい感激してしまって……」
やっと落ち着きを取り戻した高岡が、笑いを堪えるモモを見つめていた。
「あ、いえ……では、いただきます」
サーカスのことを思い出していたことに、モモは少し罪悪感を覚えながらトマトの肉詰めを口にした。その刹那思わず「美味しい!」と叫ぶ。
「良かったね、花純くん・桔梗くん」
高岡の背後に佇む二人がにっこりと微笑む。その時モモは一つ思いついて、二人にお願いをしてみようと彼女らを見上げた。
「あの……花純さん、桔梗さん。あたし、余り時間や手間が掛からなくて、それなりにボリュームのある料理を教えていただきたいのですが……」
サーカスでの食事作り。もう定番は作りきっていて、何か変わったメニューを取り入れたいと思っていた。
「「わたくし共は構いませんが……」」
二人の視線が高岡の背中に移る。──そうだった。まずは水曜日までここにお世話になることを伝えなくては。
「話を始める良いきっかけになったね。君が三日後までここに留まるか否かの回答だが……実は或る程度の答えが出たよ」
「え?」
『団長が誘拐を装わせた原因』、『それを団員に告げずして五日間を費やすように仕向けた理由』──既に高岡は気付いたというのか?
「あ、あの! いえ、お分かりになっていてもまだそれはおっしゃらないでください……あたし、こちらに約束の期日までお世話になりたいと思いまして……」
「え?」
今度は高岡が驚く番だった。
モモも本来なら高岡の答えを聞きたいところだったが、それを知ってしまうと高岡との父娘ごっこに集中出来ない感じがした。が、ここに留まりたい本当の理由を言えない今、そちらに関しても上手く納得させられない気がして、とにかく俯き言葉を濁してしまった。
「そうか……いや、ありがとう、明日葉。では折を見て話すことにしよう。この三日間に行きたい所ややりたいことがあったら教えておくれ」
それでも高岡はそこに重きを置かず、モモの希望を快諾してくれた。
「そうですね……あ、その前に、あたしのジャージを返していただけないでしょうか?」
──あれがないと、鉄棒が上手く使えない。
「ああ……花純くん、さすがに洗濯は終わっているかい?」
「はい、ご主人様」
「では明日葉の部屋に戻しておいておくれ。それと……あ、あのエアガンもね」
「えっ!?」
──エアガンって、ま、さか……?
「意外な趣味だと思ったがね、明日はあれで遊ぶために森にでも行った方がいいのかな?」
──それってサバイバルゲームってことでしょうか……?
モモは既に遠い昔となっていたあのストーカー事件を思い出した。
まさかそれが一緒に運ばれてここにあるのだなんてと思ったら、危うく卒倒するところだった──。
★次回更新予定は五月二日です。




