表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.1:春】夜桜の約束 ―プロジェクト“S”を暴け!―
2/154

[2]サーカスと壁 〈N〉

 モモ達の勤める(たま)(その)サーカスは、定期的に全国を巡回している。


 この日はテントの設置作業も終わり、団員の移動も完了して、明日は設備の搬入作業、明後日の午前には公演が始まるという夕べだった。


 今でも花形とされるブランコ乗りの二人でさえ全ての業務に(たずさ)わるが、公演初日前夜は休むようにと(さと)されるので、決まってその前に夕食作りの順が回ってくるのが定番だ。


 家族持ちはそれぞれの車やコンテナハウスで我が家のように(くつろ)ぐが、独身組は何事も役割分担や係の順番がある。彼女達もそれに従い、台所と化した車内にて十数人ほどの食事を調理し始めていた。


「おい、凪徒……モモの奴、今夜はやけにご機嫌だよな?」


 鼻歌混じりにレタスを洗うモモの隣で、猫背になりながらキャベツを刻む凪徒。そうでもしないと車の天井に頭の付きそうな彼へ、暮はこっそり(ささや)いた。


「ん? 知るか。どうせまたこの町の桜が見られたから、みたいな単純なことだろ」


 暮がモモに関する質問を投げた時の、凪徒の反応は大抵こんな調子だ。


「まだ五分咲きなのに? 大体『桜』なんか毎日見てるだろう」


 この後手酷い仕返しが来るのは分かっているのに、暮は凪徒を冷やかすのをやめない。案の定殺意の瞳で右手に持った包丁が振り上げられたため、暮は早々に退散し背を向けた。手を止めていたボールの中の挽肉を、慌てて()ねくり回し始める。


 ──ふ……ん?


 右耳から吸い込まれる鼻歌は、確かにいつも以上に抑揚があるな、と凪徒も横目を寄せてみる。流しの向こう側でトマトを櫛形に切り始めたモモは、そのまた向こうのコンロにかけられた味噌汁の火を止めて、再びトマトの元へ戻ろうと凪徒の方へ身体を向けた。その時感じた視線に思わず瞳を合わせていた。


「あ……」

「え、あ、いや、何でもないって」


 慌てて手元のキャベツに集中したが、凪徒は少し動揺し、そして少し同情していた。本来なら同じ世代の女子達と和気あいあい調理をしたい筈だ。が、『練習』のため、モモは大概自分とのスケジュールに付き合わされる。と言っても、それは自分も同じことか? と思えば、そこは微妙な心境なのだが。


「暮さん、もう少しでご飯も炊けるみたいです。そろそろそれ、焼きましょうか?」


 とモモはフライパンを片手に、暮の作り上げた大判ハンバーグへ逆の手を差し出した。


「いいよ、モモ。私が焼いて差し上げましょう」


 暮は演じるピエロのように、しなやかな動きで腕を三日月型に反らせ、淑女に対する挨拶をした。珠園サーカスのピエロは話さない。だからこそ普段の彼はとびきりお喋りだ。


「そっか……お得意ですよね。じゃ、お願いします」


 十代からここで世話になり、既に三十代も半ばになった独身男ともなれば、料理はお手のものとはいえ。フライパンを受け取りながら、それを誉め言葉と取って良いものか複雑な気持ちもあった。


 それに──。


「モモは相変わらず……」

「え?」


 ──堅苦しいね。


 そう言いかけた口元をすぐさまつぐんで、何でもなかったように笑みを見せた。


「あーいや、相変わらずモモは可愛いなぁと思ってね」


 おどけたウィンクで返して、暮は早速二つのフライパンを火に掛ける。


「もう、暮さんたら、あたしにお世辞なんて言っても何も出ませんよー。じゃ、配膳してきますね」


 上機嫌に輪をかけて車から降りたモモの気配が消えるのを待ち、凪徒は熱心に焼き加減をチェックする暮の横顔に助言した。


「あいつの口調は放っとけよ。根っからの真面目人間なんだろ」

「でもなぁ……」


 胸の内を見透かされた暮は微かにうろたえながら、表情はいつものピエロのような切なさを含んだ笑顔で答えた。


「もう二年になるんだ。みんなに心開けてるのかなぁって、さ」

「……」


 凪徒は何も言わなかった。


 流しの上の車窓から見える遠く仄かな食堂の明かりに、彼もまた何かを思いながら、ただ視線を向けていた──。




挿絵(By みてみん)




★次回更新予定は三月九日です。




★以降は2014~15年に連載していた際の後書きです。


 ツンツンな凪徒でございますが、ショーの時だけは愛想が良いですので(苦笑)、今回のイラストはヘの字顔ではございません(笑)。

 前話のモモのイラスト同様、握っておりますのは空中ブランコのロープ、のつもりでございます(汗)。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ