[3段階]
──やっぱり……ちっとも、ロマンティストじゃなかった……。
モモは停められた車の外を見回して、初めて見る景色に慄いた。
あれから無人の寝台車に戻り、凪徒の言う通り、取り急ぎ翌日の着替えだけを鞄に収めた。戻ってきた女性陣が心配しないよう何か良い言い訳は? と頭を巡らせ、結局『高岡邸に招かれた』という嘘しか思いつかず、心苦しくもそんな置き手紙を残して駐車場を目指した。
凪徒は約束通り、最近購入した新車の運転席でモモを待っていた。助手席側の窓を軽く叩かれたので解錠し、当惑気味のモモが静かに乗り込む。言葉もなく視線も合わせない少女に、今一度「本当にいいんだよな?」と尋ねたが、モモは恥じらうように俯いて、無言で小さく頷いた。
発進した車の中で、それでも夜景を楽しむように、ちょっとしたドライブにでも連れていってくれるのではないかと、モモは仄かな期待をした。せめて心の準備が出来るくらいの時間──が、未だ新車の匂いのするそれは、高速道路の出口近くに点在する『目的地』の駐車場に、ためらいもなく真っ直ぐ滑り込んでいった。
──元々もう遅い時間なのだし、そういう訳にはいかなかったのだと思おう……。
凪徒が降車し、後部座席のドアを開けて自分の荷を取ったので、モモもあたふたと胸に抱いている鞄ごと車を降りた。回ってモモに近寄った凪徒は、入口を目指して背を向けたが、おもむろに左手を伸ばし、
「ん」
「あ……」
相変わらずそっけない態度だったが、モモの右手を優しく握っていた。
──先輩と……初めて手、繋いだ……。
けれどその行き着く場所が場所だけに、逃げないよう捕獲されているだけの気もしてしまう。
「モモは、どの部屋がいい?」
自動ドアの向こうには、部屋の様子を写したパネルが並んでいて、各下にはそれぞれの金額が表示されていた。
「え、えと……」
「宿代なんて気にしなくていいから、自分の好みで選べ」
「は、はい……」
頭上からの声はいつもの調子なのだが、見ている物の異質さが手伝って、モモにはプレッシャー以外の何物も感じられない。それでもキョロキョロと見回している内に、右上の淡い桃色が視界に入り、考えがまとまる前に指差していた。
「あの、では……此処で」
他のパネルに比べて柔らかなトーンの部屋に、派手過ぎないピンク色を基調とした、細かいチェック柄のベッドが置かれている。
「ああ。何かモモらしいな」
凪徒も納得が行ったらしく、左端のボタンを押して鍵を受け取り、モモをエレベーターに誘った。
「先に入れよ」
点滅するルームナンバー下の扉の中へ、凪徒はモモを促した。一歩進んだ先の上り框にスリッパが二足並んでいる。下ろし立てのスニーカーを脱ぎ揃えて、その内の一足に履き替えたモモは、凪徒の邪魔にならないよう目の前のドアを押し開け室内に入った。
「……あったかい……」
途端、蜂蜜のようにとろけた温かみが、冷えた頬に纏わりつき、モモは立ち止まって瞳を閉じた。けれどそれも一瞬の内で、
「モモ」
後ろから続いてきた大きな影が、あの退団の意のくつがえされた時と同様に背後から抱き締め、モモは驚いて目を見開いた──その先には──入口のパネルで気に入ったベッドが視界全部を占めて、思いがけない脅威に心臓が大きく波立つ。そしてそれは凪徒も同じ想いであったらしく……
「お、俺、シャワー浴びてくるっ」
慌てて手を放し踵を返した背中に、自由になったモモも慌てて声を掛けていた。
「あ……せ、先輩、上着……」
「ああ? んじゃ、頼むっ」
変な空気でおぼつかなくなったまま、何とか上着を剥いでモモに放り、凪徒は独りバスルームに駆け込んでいった──。




