[15]携帯と犯罪?
日頃当たり前のようにいるメンバーがたった一名欠けただけで、こうも引き締まらなくなるものなのか。モモのいなくなってしまったことが腑に落ちない昼食会のメンバーは、どことなくうわの空のまま食事も打合せも大して進むことはなかった。だからと言って今日残す三本のショーを失敗する訳にはいかない。最後は無理矢理気持ちを高ぶらせてまとめ、凪徒はしばしの休憩のためにもう一度自分の車へ戻っていった。
──あいつ……出演していた訳じゃないんだから、携帯くらい持ってりゃ良かったのに。
ポケットに突っ込んだ手で、口惜しそうにモモの携帯を握り締める。
車内には秀成も他のメンバーも帰ってきてはいなかったので、何をするでもなく万年床に大の字になり、何となくその手の中の携帯を取り出した。
初給料で買ったのだと喜んで大切にしていたのが昔のように思えるほど、角が剥げて年季の入った代物。
上蓋に時計のデジタル表示があり、電源はまだ入っていることが見て取れる。
思えばいつでも隣にいるのが普通だったから、一応電話番号くらいは登録していたが、何かの際にショートメールを送る程度でメールアドレスすら知らないことに今更気が付いた。
──二年前とはいえ、まだガラケーとはな……モモの奴、何を待ち受けにしてるんだろ。
どうせ団員の子供達が隠れて育てていた子猫の写真かなんかだろうと適当にあたりをつけたが、沸々と込み上げてきた好奇心が、携帯を開くことに対する躊躇の二文字を追いやった。
「……? げっ!」
途端踏み潰された蛙のように濁った驚きの声を上げ、慌てて携帯を折り畳む。──何だ……何であんな写真、待ち受けにしてるんだよっ!
いつぞや海沿いの町で巡業を行なった際、休演日に皆で海岸へ遊びに行った時の凪徒とモモのツーショット。それも……観客の前でもないというのに、珍しく爽やかな自分の笑顔があった。それに比べてモモは──。
「変な奴……俺に首絞められて、ムンクの叫びみたいな顔してる自分の写真なんか、普通待ち受けにするか?」
いつになく間抜けな少女の苦悶の表情がおかしくて、思わず声に出していた。──もう一度見てやるか? 独りニヤリとして再び画面を開いたが、
「あ……電源切れた」
次の瞬間には何も映し出されない液晶パネルがそこにあった。
「凪徒さん……何を独りでブツブツ呟いてるんです?」
「わぁっ!!」
掲げた携帯の向こう側に秀成の小首を傾げた姿が映り、凪徒は慌てて布団の下に隠していた。
「何だよっ、いるなら声かけろ!」
「だから、声かけたんですって……」
困ったように苦笑いの秀成は、驚きずれ落ちる眼鏡を元に戻した。
「そろそろ次の準備が始まりますよ? 僕の方も用意は整いました。これからNシステムに侵入してみます」
「エヌ……? 侵入?」
起き上がった凪徒も首をひねりながら、秀成の自信満々の声に疑問の声を投げた。──侵入って、何だか物騒じゃないか?
「通称『Nシステム』──自動車ナンバー自動読取装置のことですよ。そこにハッキングを掛ければ、すぐにモモがどこのどいつに攫われたのかが分かるって寸法です」
「ハッキング!?」
──それってもはや犯罪じゃないか……?
「大丈夫ですよ~そんなに難しいことじゃないです。ところでさっきの、モモの携帯ですよね? 何で凪徒さんが持っているんです?」
もしかしてこいつを敵に回すのは末恐ろしいことかもしれない……凪徒は頭で考えるより早く自分の防御本能が動き出して、素直に夫人の見解を説明した。
「なるほど、それなら返り討ちにするっていうのはどうです? その携帯にトラップ仕掛けて。画面を開いたら爆発するとか? 僕、簡単な爆弾なら作れますよー」
「……いや、そうしたらモモの携帯まず壊れるから……」
意外なところに鬼がいたなと、とにかく機嫌を損ねないように笑顔を取り繕った。準備に向かうため車のドアを開いて立ち去ろうとする凪徒に、再びの秀成の声はいつになく天下無敵の彼を驚かせる。怯えて振り向く眼前に突如飛び出した握り拳で、もはや卒倒しかねなかった。
「あ、これ。パソコンのお釣りです。お陰でなかなかの高性能モノが買えました」
「そ、そりゃ、どうも」
──たとえモモの居場所が突き止められなくても、こいつに説教くれるのはやめておこう。
凪徒が初めて秀成という『温和なちょいモテオタク少年』を心から恐れた瞬間だった──。
★二人には「ハッキング」と言わせておりますが、現代用語でいう「クラッキング」のことを意味しています。
★次回更新予定は四月十八日です。




