[2段階]〈N♡M〉
「ひゃっ!!」
しばらく沈黙が続いた後、左頬に冷たい何かが触れて、モモは思わずか細い声を上げてしまった。
「ああ……わりい。冷たかったか? お前がこっち向かないから」
気付けば凪徒の右手が伸ばされて、やや逆側へ逸らせたモモの顔を、こちらに向けようと指先が添えられていた。
──だ……だって、これで先輩の方を向いたら、メチャメチャ顔が近い……!
その指に力が込められても、モモは正面に顔を戻すのがやっとの様子だった。凪徒には少女の緊張した横顔しか見えない。
「モモ」
「はっ、はい!」
改めて名を呼ばれ、指先のあった場所に掌がそっと当てられる。それは強引にモモを振り向かせて、大きな丸い瞳の映す景色は、切なそうな凪徒の面だけになった。
「俺は……モモが、好きだよ」
──えっ……──
徐々に赤みを帯びる頬の熱は、触れる冷たい大きな手を次第に温めていった。
──い、今、何て言ったの? 先輩……だ、だ、誰を、好きって言った……? あ、あた、あたし!?
モモはどんなに面映ゆい気持ちがしても、その真剣な美しい双眸から、かち合った自分の瞳を逸らすことが出来ず、また一秒でも瞬かせることが出来なかった。
「モモは、俺をどう思ってる?」
問い掛けられて、止められていた刻が流れ出した。恥じらうように真っ赤な顔を背ける。モモは少し俯いて、
「き……嫌いだったら、こんな所に、座れません……」
ぽそっとそう答えるのが精一杯だった。
「ちゃんと、言えよ……」
慌てて凪徒へ視線を戻したが、その声も眼差しも、普段見せたことのない悲しみの音と光を放っていて、モモは思わず言葉を零していた。
「あ……」
「ちゃんと……自分の言葉で、ちゃんと言ってくれ──」
──先輩の……こんな辛そうな表情、初めて見た──
モモは一つ小さく息を吸い吐き出して、凪徒の方へ少しだけ身体を向けた。両手で膝をギュッと握り締め、今でも片側だけ包まれている頬で凪徒に向き合い、震える睫の下の瞳にも力を込めた。
「あっ、あたしは……先輩のことが、大好きでっ、んっ……!!」
末尾が音声になる前に、言葉は閉ざされた。目の前にいきなり現れた影に驚いて瞼は降ろされ、その唇を阻んだ冷たく柔らかい何かは、同じ温度となって潤っていった。
「あっ、……んっ……ふ」
上下の唇の間を別の柔らかい何かが強引に割り込み、モモに吐息を洩らさせた。が、やがてゆっくりと離れ、解放され、その代わりに力強い凪徒の両腕で、モモの細い身体は抱き締められた。
「あんまり色っぽい声出すなって……全部欲しくなるだろ……」
──全部って、全部って? ぜ、全部!?
右頬に触れる凪徒の首筋がトクンと揺れる。モモはもう長いこと息継ぎの方法を忘れていた。心臓が胸の中で暴れているみたいだ。今遇ったことも感じたことも掛けられた言葉も、全て理解の範囲を遙かに超えていて、全身を包むこのぬくもりも、もはや夢なのか現実なのか区別がつかなかった。
──ど、しよ……胸がドキドキして、息が出来ない──
自然と首が後ろに倒れ、その先にぼやけた月が映った──涙?
「……やっぱり、やめた」
が、突然現れたふっ切られたような凪徒の呟きに、モモもやっと正気を取り戻した。
「──え?」
途端に身体を包む力も抜かれ、モモはバランスを崩しながらも、両肩に置かれた手で身を支えられる。
──何をやめたんだろう……今言ったこと・されたこと、全部撤回なんてこと、ない……よ、ね……?
次に続く句を怖れながら表情を窺うと、いつもの不機嫌顔に戻った凪徒も、何かを決意するようにモモの顔を覗き込んでいた。
「もう散々我慢したんだ。我慢なんてやめだ。……行くぞ」
──ガマン?
肩を掴んだ両手に力が入り、異様な気迫に圧倒された。
「えと……何処へ……?」
その問いに凪徒の瞳は一瞬揺らぎ、鼻の頭を微かに赤らめたが、そんな照れ臭さを払拭するように、サッと首を振り横顔を見せる。そして──
「……ラブ、ホ」
「ええ?」
さすがにモモは自分の耳を疑わずにはいられなかった。大きな瞳が更に大きく見開かれてしまう。
「……やっぱり、嫌だよな……」
顔を横に向けたまま、眼だけを寄せてモモの驚きを確認した凪徒も、自分の発言の唐突さに無理はあるだろうと半分諦めていた。
──嫌か、嫌じゃないかって訊かれたら、少なくとも嫌ではないと思うけれど……。
凪徒の口から聞いたことのなかった三文字が、モモの頭の中をグルグルと駆け巡り、やがて中心に集まって、そんな見解を見出した途端、
「ええと……あの……多分、嫌ではないと思います……けど──」
口を突いて出た言葉に、凪徒はパッと明るく顔を戻した。
「そっか!? んじゃ、行くぞ!」
──え? えええ!?
間髪容れずに即答し、モモごと立ち上がって、そそくさと毛布を丸める凪徒。モモは唖然としながら立ち尽くし、「最後の『けど』は聞こえませんでしたか?」と言い出したい衝動に駆られたが、凪徒の急に上がったテンションに気圧され、何も言葉を掛けられなかった。
「駐車場で待ってるから、ああ~格好はそのままでいい。明日の着替えだけ持って出てくるんだぞ。後でうるさいから誰にも見つかるなよ? 特に暮! じゃあな!!」
「あ、あの……せ、んぱ──」
──い、行っちゃった……。
マンガみたいに勢いづいた土煙だけを残し、サッサと消えてしまった残像を見送ったモモは、この数分に起こった驚愕の展開をまだまだ整理出来ずにいた。
それでも覚えている──あたし……先輩と、キス、しちゃった……。
刹那に頬が上気して、全身の血が顔の裏側に集まった気がした。けれどそのまた裏側で思う。──やっぱりロマンティストではない行き先──あれ? 先輩が最近自分の車を買ったのって、まさかこの為じゃ……ないよね?(註1)
モモはそんな疑問を残しながら、荷物をまとめに自分の寝台車へと駆け出した──。
[註1]凪徒の自家用車購入:その通りです、桃瀬さん。
★以降は2014~15年に連載していた際の後書きです。
いつもお付き合い誠に有難うございます! 以前とっても素敵な暮を描いてくださいました長緒 鬼無里様が「凪徒のキスシーンを描いてみたい」だなんて~何とも有難きお申し出をくださいまして!!
事前にそのシーンまでをお読みいただき、こんなに素晴らしい挿絵に仕上げてくださいました♪♪♪
鬼無里様、誠に有難うございました!!
五分咲きの桜を咲かせ過ぎてしまったか~と心配されていらっしゃいましたが、とっても美しいので全く気になりません!
この凪徒の長~い脚に萌えてしまう作者でございます(笑)。他にも萌えパーツ満載のイラストではございますが☆
それではとんでもない方向へ行き出した(笑)二人の行方、明日も引き続きお楽しみにしてください♡
(実はこのイラストの、モモのミニスカヴァージョンも持っているw)朧 月夜 拝




