[1段階]
「行ってらっしゃーい! 楽しんできてくださいね!!」
モモは同じ寝台車の独身女性三人に手を振った。お洒落をしてメイクもバッチリ決めた女性陣は、満面の笑顔でモモに応え、はしゃぎながら外へ消えてゆく。今宵の貸切公演を見に来ていた地元青年団と意気投合し、彼等の宴会に招かれたのだそう。モモは未だアルコールが呑めない為、彼女達のお誘いは断って、独りお留守番とあいなった。
毎春を過ごす桜並木の町へと移動し、既に一週間が過ぎていた。明日は初めての休演日だ。外の空気も少しずつ暖かみを増して、今夜は誰もが解放感に満たされているのだろう。モモも昨年同様に依然五分咲きの夜桜を鑑賞しようと、上着を着込んで車を降りた。
それでも時折吹く風は、柔らかな印象の春風には程遠かった。その分空気は澄み渡って、淡雪のような桜の波が、ずっと先まで望めるだろうと嬉しくなる。そんな気持ちを表すように、弾む足取りで向かった敷地の角には、昨春と同じくのっぽの背中が立っていた。
「……先輩?」
「うん? ……やっと来たか」
のそのそと振り返った顔はいつも通りのヘの字口だが、向けられた吊り目には普段の鋭さは見えなかった。
「あたしを……待ってたんですか?」
「まあな」
遠慮がちに近付くモモにそっけない返事をして、凪徒は身体と顔をフェンスの向こうの桜へと戻した。
「でも……未だ満開ではないですよ、ね……」
凪徒にならってフェンスにもたれ掛かったモモの眼には、丸められ抱えられた毛布が、彼の向こう側にチラと映り込んだ。
「んなこた分かってる。あと数日後だろ。そっちはちゃんと連れていってやる」
「はい……」
──あたしが此処に来るとは限らなかったのに、何でだろう? あたし……何か、お説教されるようなことでもして、待ち伏せされてたんだろうか……。
いつになく張り詰めた雰囲気を感じたモモは、それ以上言葉を繋げなかった。
=ひゅるる……=
その時、坂の下から桜の花びらを巻き上げて、あの真白い絨毯を敷き詰めていた川面の風が、頬のぬくもりを攫っていった。
「……んっ──くしゅん!」
例え説教であろうとも並んで桜を見られるならと、相当我慢をしてみたのだが、ついにはクシャミが飛び出してしまう。モモは自身にガッカリしながら、恐る恐る隣の凪徒を見上げた。きっと「もう行くぞ。こんなんで風邪引かれたら俺が困る」──そう言われながら髪を掻き乱され、帰らざるを得なくなるのだろうと我が身を憂いた。
案の定踵を返し、右目の視界から去りゆく凪徒。モモは次に来るであろう想像した台詞を待ちながら、気付かれないように静かな溜息を一つついた。──が、
「モモ。……こっち来い」
「え?」
掛けられた後ろからの声に、勢い良く半回転する。背後にぽつんと置かれていた二人用のベンチに、肩から毛布を掛けた凪徒が座っていた。
「は、はい」
今までにないシチュエーションに、幽かに戸惑いを感じながらも、モモはいそいそと近付いた。どうしてなのかベンチの真ん中が陣取られている為、その端の僅かなスペースにちょこんと腰を降ろしたが、大股に開かれた長い脚が邪魔をして、まるで人間椅子のようになってしまう。
「お前は馬鹿か」
「え?」
両腕を膝小僧に伸ばし、せせこましそうな体勢で踏ん張っていると、呆れたように言葉が落とされた。モモは咄嗟に顔を上げる。──すると、
「誰が隣に座れと言った。……こっちだ」
「えっ!」
毛布をひるがえされ、すぐ横の左脚に軽くこづかれて、さすがに鈍感なモモも気付かされた。──せ、先輩の……脚の……上……!?
「嫌だったらいい。……俺は帰るぞ」
ほんのり拗ね気味に返した凪徒は軽く腰を浮かせたが、モモは慌てて立ち上がり、その好意に甘える姿勢を見せた。
「いっ、嫌なんかじゃないです! しっ、失礼させていただきます!!」
右手と右足が同時に出そうな勢いで、空けられたスペースにカチコチの身体を何とか収めてみる。けれど凪徒の腿の上に自分の体重を掛けることには気が引けて、やはり先程同様人間椅子になった。
「お前の体重なんて、たかが知れてるんだ。ちゃんと座れって」
「は、はい~」
モモは恥ずかしそうに力を抜き、やがてその重みに満足したように、凪徒はモモの肩にも毛布の裾をふんわりと掛けた。
──せ、先輩の脚の上に座って、お、同じ毛布に、く、く、くるまれてる……!?
モモは「もしも夢なら醒めないで!」と、心の中でお祈りをした──。
★以降は2014~15年に連載していた際の後書きです。
ついに最後のストーリーへ良くぞ辿り着いてくださいました! 本当に有難うございます!!
こちらはかな~りヤキモキされると思いますので、全六話を続けて投稿致します☆
そしてかな~り今まででは考えられない方向へ参ります(汗)。クレームは一切受け付けませんので(笑)、何とか最後までついて来ていただきたいと思います* 全ては今まで我慢してきた凪徒の為です←えw
素敵な戴きイラストやコラボ・イラストもございますので、どうぞお楽しみにしてください♪
何卒宜しくお願い申し上げます♡
朧 月夜 拝




