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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
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[54]過去の告白と未来への展望

「お……お父様っ!?」

「やぁ明日葉、久し振りだね。ロシアは楽しかったかい?」

「はい……あ! 沢山寄付を頂きまして、ありがとうございました!」


 団長の語った約束の時間ちょうどに現れたのは、相変わらず優しそうな笑みを絶やさない高岡紳士と、


「杏奈さんも、大丈夫なんですか?」

「もちろん順調よ。お母さん、見つかって良かったわね」

「ありがとうございます! 色々と手配してくださって、大変お世話になりました!」


 少しお腹に丸みの目立ち始めた杏奈、そして、


「せ……先輩のお父様……この度は母とあたしの為にオールド・サーカスを貸し切ってくださいまして、本当にありがとうございました!! 何とお礼を申し上げて良いのか……」

「そんなに恐縮しないでくれ、桃瀬くん。椿さんも喜んだろう。彼女の笑顔が目に浮かぶよ」


 桜社長が満足そうな表情をして、頭を下げるばかりのモモの目の前に立った。


「タカちゃん・ハヤちゃん・杏奈さん、まぁまぁ立ち話もなんだから、とりあえずお座りくださいの」


 追加した折り畳み椅子には団長・茉柚子・モモ、挨拶と簡単な自己紹介をされた園長は勧められて、にこやかな新客三名と共にソファへ腰を降ろした。サーカス以外で自分の知る大人達が勢揃いした異様な光景に、モモはこれから何が始まるのだろうと視線を右往左往させた。


「モモちゃん、覚えてる? 昨年の夏、貴女を連れて桜の本社へ出向いた時、話したこと」

「え? あ、はい……」


 モモは突然掛けられた杏奈の質問に、戸惑いながらも想いを馳せた。あの涼やかなロビーで凪徒の出生に放心し、告げられた言葉の数々。凪徒が高校時代に経営学を学んだこと、新しい事業の為に凪徒に戻ってきてほしいのだと──


「あの『新規事業』って、【育児・教育】部門なのよね」

「「「え……?」」」


 園長・茉柚子とモモの驚きが口から(こぼ)れた。杏奈の視線を感じた隼人は、


「三ツ矢も桜もその分野はまだまだ底が浅くてね……これからの未来を築いてくれるのは子供達なのに、(はぐく)む為のフィールドが整っていないと、以前から懸念はしていたんだ。ある程度の情報と知識は此処数年で収集し、基盤と云える物は出来始めたから、そろそろ動き出したいと……そうした上でのご提案──と申しますか、ご協力を仰ぎたいのですが……早野園長、貴女の児童養護施設も、弊社の事業計画にご賛同いただけませんでしょうか?」

「「「えっ──」」」


 と手渡された内容に応え、依頼した桜社長の熱意のある言葉に、再び三人は開けた口を閉じることが出来なかった。しかし。


「それは……桜コーポレーション様の管理下に置かれる、ということでございましょうか?」


 数秒寡黙に(うつむ)き、辛そうに顔を上げた園長の声は(ほの)かに(かす)れていた。


「現状継続も危ういわたくし共には、とても魅力的なお申し出ではございますが……申し訳ございません。私は……自分の経営方針を桜様のお考えに合わせられるとは、お約束出来かねます」

「母さんっ……」


 園長は再び口元に力を込め、自身の持つ強い意志を露わにした。茉柚子は折角のチャンスをと、途端に内から溢れ出す焦燥を母親にぶつけたが──


「さすがですね、早野園長。そうであったからこそ、その小さな身体で沢山の子供達を支えてこられたのでしょう。もちろん経営に口を挟むつもりはございません。こちらの方がずぶの素人ですからね。いえ、むしろ、これから増やそうと思っている同施設に、その精神をお教え願いたい。何せ……こんな素敵なお嬢さんを育て上げられたのですから、何も不審に思うことなどありませんよ」

「え?」


 自信を持って説き伏せる隼人の熱い視線と、杏奈の(まぶ)しそうな視線、そして高岡の温かみのある視線が一気にモモへと集中して、少女は理解出来ない内に頬を赤らめていた。


 ──あ……あたし!?


「移転と再建の費用、その後の経費もどうぞお任せください」

「ですが……桜、社長様……」

「こちらは協力してくれる施設を募集している身なのです。民営施設の(ほとん)どは経営が困窮していて、職員も足りない状態です。それでは子供達にも愛情が行き渡らず、いつか共倒れとなるでしょう。其処に一石を投じ、安定安泰の道筋を作る……理想論かもしれませんが、不可能とも限りません。今はまだ、こちらは模索中の小さな灯火(ともしび)、貴女と同じレベルには立てていないでしょう。それでも……目指す場所は(たが)わないと思いますが?」

「……」


 隼人の更に重ねられた説得に、園長は胸に込み上げる想いらしき物を詰まらせた。(しわ)の集まった目尻からスルりと涙が流れ落ちる。すぐ隣の椅子に掛けていた茉柚子は、そっと母親の両手を包み込んで、上げられた弱々しい視線にニッコリと笑ってみせた。


「母さん。ご好意に甘えましょ。これからのこと、きっと何とかなるわ。ううん……私、ちゃんと頑張ってみせるから!」

「茉柚子……」

「早野園長、桜社長も高岡社長も悪いようには致しません。まずは話だけでも聞いてみてくださいの」

「団長さん……本当に、本当に有難うございます……」


 園長は立ち上がり茉柚子と共に、団長と三人へ深く深く頭を下げた。モモも慌ててそれに続いたが──


「……モモちゃん?」


 不思議そうに掛けられた杏奈の声にも即答出来ず、モモは膝に額を触れさせたまま、身動きが取れなくなっていた──。




★次回冬編更新予定は三月一日です。

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