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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
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[53]自分の理由と本当の誕生日

 帰国した夕方、抱き締める暮と皆の輪が解散し、何とか落ち着きを取り戻したモモは、凪徒と共に団長室を訪れ、ロシア研修旅行の全てを報告した。


 事前に凪徒からの連絡で、母親発見の良い知らせを聞かされていた団長は、いつにも増して小さな目を細め、凪徒にはねぎらいの、モモには祝いの言葉を掛けた。しばらく談笑が続いた後に二人は退室したが、モモは凪徒の姿が消えるのを待ち、再び団長室へ戻って、翌夕の約束を取り付けたのだった。


 それから急いで施設に連絡をして、もし来られるのならその時間にサーカスまで来てほしいと、電話の向こうの園長に依願をした。既に一県(また)いだ都市まで移動している為、来られなければ自分独りで何とか団長を説得するつもりであったが、園長はしばしの保留の後、茉柚子と共に必ず伺うと約束してくれた。


 そうして現れた二人と合流し、団長室をノックしながら凪徒と遭遇したあの後、モモはとんだところを目撃されてしまったと鼓動が波打ちながら、中からの声に(こた)えて入室した。


 入ってすぐの簡素な応接手前で、団長がにこやかに微笑み招き入れる。園長同行は団長に取り付けてからの決定で、それを伝える時間がなかったのにも関わらず、団長はモモだけでないことに一切の不審も(いだ)いた雰囲気はなかった。


「早野園長、ご無沙汰しておりましたの。そちらは……ああ、娘さんの茉柚子さんかな?」

「モモが大変お世話になっております。はい、娘も施設の職員になりまして、私のサポートをしてくれているものですから」

「そうですか。頼もしいスタッフに恵まれましたの」

「ありがとうございます」


 そうした幾つかのやり取りを終え、茉柚子も団長と挨拶を交わした。それから四人は腰を降ろしたが、モモは笑みを崩さない団長と、罪悪感に(さいな)まれたように沈黙する二人の間で、なかなか話を切り出す勇気が持てなかった。困って落ちてゆく視線がテーブルの端を含んだ頃、


「モモ。全ては暮から聞いておっての」

「「「え?」」」


 団長の告白に、一気に三人の驚きの顔が持ち上げられた。


「そこで質問だ。施設のことは抜きにして、モモの本音を言ってくれんかの。これから行こうと思っているサーカスに、モモ自身、ちゃんと行きたい理由はあるのかの?」

「──」


 表情を変えずに尋ねた団長の、とてつもなく巨大な難問に、モモは呼吸の仕方を忘れそうになった。自分自身の行きたい理由。自分の──確かに、それがなければ、きっと続かない……。


 言葉もなく見つめる六つの瞳に、モモは一旦口を閉ざしたが、ややあって震える唇が勝手に喋り出した。


「あ、新しいスタイルの世界で、自分の……可能性を見出したいんです……」


 ──嘘つき……オールド・サーカスでどれだけ心が弾んだのか、それは珠園サーカスで初めてショーを見た時と、ちっとも変わっていなかったのに……!


「もう……やめましょう、モモ」


 そんな心の叫びを隠そうとするモモに、そう言ったのは園長だった。


「園長先生……?」


 団長の隣に座る園長の口元も、同じく弓なりに微笑んでいた。


「団長さん。大変ご迷惑をお掛けしてしまいました。やはりこれはこちらの問題です。今後もモモのことをお願いしても宜しいでしょうか?」

「もちろんです、早野園長」


 モモの決心はすっかり無視されて、二人の間には(なご)やかな空気が生まれ、突如全てが無に()してしまう。


「あ、あのっ、ちょっと待ってください! えっと、あっ! そ、そう、あたしの本当の誕生日、今日だって分かったんです! あたし、もう十八歳なんです!! だから、あの、園長先生だけでなく、あたしにも決定権はある筈です! 団長、申し訳ありません……あたしを退団させてください!!」


 モモは自分の契約が本日をもって更新されるべきだと主張し、夏の凪徒の失踪事件以来二通目となる辞職届を、テーブルに慌てて差し出した。


「入団時の契約は三月十四日だ。たとえ本来の出生が今日だとしても、契約上は認められんの」

「そんな……」


 焦り消沈するモモの泣きそうな顔へ、自信たっぷりに嘆願をはねのけた団長は、ほほっと笑ってモモの頭上の掛時計を見上げた。


「まあま、その話は後にして、そろそろ客人が現れる頃だ。モモ、茉柚子さん、悪いが奥から折り畳み椅子を三脚用意してくれるかの?」

「客人?」


 ──三脚?


 『新たな来客』をほのめかした団長は、自分に集中する驚きの面々に、再びほほっと笑ってみせた──。




★次回冬編更新予定は二月二十六日です。

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