[50]洸騎と凪徒
「橋本 洸騎と申します。モモの施設の同期で、赤ん坊の時からの幼馴染みです」
凪徒は洸騎を会議用プレハブに案内し、ストーブの焚かれた暖かな部屋で、二人は長テーブルを挟んで着席した。
──何だ……またモモの関係者か。俺に用だなんて、まさかデコピンするなってクレームじゃないよな……もうかれこれ一年も封印してる筈だぞ?
凪徒は視線を空へと上げて口の端を歪ませた。昨春の双子のメイド:桔梗から戒められた台詞をふと思い出す。
「で……モモの兄弟が、自分に何のご用で?」
洸騎のいやに真っ直ぐな眼差しに居心地の悪さを感じ、凪徒はいつもの『お客にだけはにこやかな』笑顔を向けてみた──が。
「僕はモモを妹だなんて一度だって思ったことはありません。モモに……ずっと恋してきましたから」
「え?」
洸騎の瞳が一瞬睨むように細められ、凪徒はその突然の告白に、幽かな驚きの声を零していた。
「……でも……モモは、貴方に恋してる。桜さん、貴方もそれに気付いているんですよね?」
洸騎は一時も凪徒の視線を外さず、瞬きすらもせずに、剛速球とも言えるその質問を、真っ正面の凪徒に叩きつけた。
「あいつが誰を好きかなんて、あいつしか知らないことだ」
凪徒も投げられた光の球を避けることはせずに、炎を灯して投げ返した。
「さすがに格好良いこと言いますね……そういう桜さんはどうなんです? モモのこと、どう思ってるんですか?」
凪徒の目力が強くなったことを感じて、洸騎もその眼に意志を込める。凪徒は少年の勇気ある問いに、真摯な答えを手渡した。
「俺もモモのことが好きだ。ちゃんと、恋愛対象として」
「えっ?」
思いがけない言葉に、意識して集中させていた筈の瞳を、洸騎は揺るがせてしまっていた。
「へぇ……意外に正直なんですね」
「そちらが本音で話しているのに、こっちが隠すのはフェアじゃないだろう?」
凪徒はそう言ってフッとした笑みを口角に宿したが、初めて口にした自分の気持ちに、しばらく背中を温めるストーブの熱が無性に熱く感じられた。
「ロシアに二人きりで旅行なんてして、何か気持ちが変わっちゃいましたか?」
洸騎も負けずに唇の端を吊り上げた。
「まさか……あいつをパートナーに選んだのはこの俺だ。今更あいつの良いところに気付いたりなんてしない」
「え! あ……それじゃ、もっと前から……?」
凪徒は何も答えなかったが、淡い微笑がそれを物語っていた。
「だったら早くモモに伝えてあげれば良かったのに……この三年、きっとモモは片想いに苦しんでいた筈だ」
洸騎の背中にもじんわりと汗が滲む。
「ちょっとした『大人の事情』て奴があるのでね」
「ふうん、だったら大人になんてなりたくないな」
「いや、そうでもないさ。『大人』になるのもなかなか悪くない」
「……?」
凪徒との曖昧なやり取りに、ついに洸騎は沈黙した。凪徒は一心な視線を崩さないまま、心の奥底で今までの時間を思い返していた。ずっと待っていたんだ──あいつが『大人』になる時を。
「でも……」
自分の世界に満たされていた凪徒を、洸騎の再びの声が打ち破る。俯いていた顔が凪徒の目線まで上がり、不敵な笑みを見せた。
「モモはもう僕のこともまんざらではないかもしれませんよ? 『あの時』──僕がキスしようとしたあの時……モモは「良いよ」とも言わなかったけれど、「嫌だ」とも言わずに僕に身を委ねましたから」
──!?
「あ……あの時?」
さすがの凪徒も声を打ち震わせてしまった。
「僕達の街での公演初めての日曜日。施設の皆とモモを訪ねた後……『此処』で」
洸騎の右手指先が、この会議用プレハブを意味するように足元を指差した。
「キス……したのか?」
否定の返事を祈りつつ、凪徒の振り絞られた問い掛けに、
「……しましたよ」
洸騎は嘲笑うように呟いた──。
★以降は2014~15年に連載していた際の後書きです。
いつもお世話様になっております☆
大変遅ればせですが(汗)、三月七日をもって連載一周年を迎えておりました(苦笑)。
これもひとえに皆様の応援のお陰でございます♡
翌日八日にはブックマークも百件を記録出来ました♪
そして昨日をもちまして、完結まで一ヶ月を切りました~(涙)。
ついに凪徒も動き出しまして、今後は益々突拍子も(?)なくなりますが、どうぞ最後までお付き合いをお願い致します! 本当に有難うございます!!
朧 月夜 拝
★次回冬編更新予定は二月十九日です。




