[44]会いたかった理由と隠された願い
──夢……? 先輩の声が聞こえる……。
モモは闇の中でうっすら瞼を開いた。ぼやけた視界には何も見えなかったが、やはり微かに凪徒の透き通る声が耳に響いていた。枕から少し首をもたげ、アコーディオン・カーテンの裾の隙間に見える、リビングから零れる灯りに目を向ける。
「すみませんでした……「お嬢さんが寝入ったら連絡を」なんて、面倒なお願いをしまして」
──え?
凪徒の申し訳なさそうな小声に、モモの意識は鮮明さを取り戻した。
「いいえ。わざわざ足を運んでいただいてしまいまして、こちらこそ申し訳ございません。サーカスの皆さんとのお邪魔にはなりませんでしたか?」
椿の声もモモに配慮しているのか、密やかに囁かれた。
「明日も公演がありますからね、そう長くは引き伸ばさずに解散しました。椿さんも、モ……あ、いえ、お嬢さんともっと話をしていたかったのではないですか?」
「子守唄を歌ってほしいとお願いされて、そうしている内に眠ってしまいました。きっと色々と緊張して疲れたのだと思います。それから……どうぞ気にせず『モモ』と呼んでやってください。その呼び名が一番あの子らしいのでしょうから」
「はい……」
──先輩、何を話しに来たのだろう……。
モモは物音を立てぬようにゆっくり起き上がり、リビング側のベッドサイドに足を垂らした。
「もう遅いですから早速用件をお話します……まず……十八年前、別荘でお会いした際には、大変失礼を……致しました!」
「凪徒さん……?」
モモには見えていないが、凪徒はソファよりすっくと立ち上がり、椿に深く頭を下げた。
「あの時の自分は、貴女が父の愛人なのだと勘違いをしていました。お腹の中のモモを、父との子供なのだと……椿さんは自分の眼を『凛とした』なんて言ってくれましたが、明らかに貴女に憎悪を向けていた……子供だったとはいえ、浅はかに貴女を恨むことしか出来ず、本当に申し訳ありませんでした」
「いえっ、どうぞ頭を上げてください、凪徒さん! 私を桜様の家政婦に、桃瀬を養女にとご提案いただきましたのは、拓斗さんと凪徒さんにお会いした直後でした。それでもお二人の気持ちに気付いて差し上げられず、浅はかでしたのは私の方です。幼な心にそれは深く重いことでございましたでしょう……。ですのに、お二人は私との時間を、笑顔で過ごしてくださったんです。もう覚えてはいらっしゃらないでしょうけれど、トランプやボードゲーム、一緒に楽しんでくださったのですよ」
「そう……でしたで、しょうか……?」
凪徒に其処までの記憶はもはやなかった。今では父親から告げられた衝撃の事実と、それによって自分が歪んだ心で椿を見つめたことしか覚えていない。
「確かに初めはお二人共、なかなか近付いてはくださいませんでした。ですが私が別荘で焼かせていただいたクッキーを美味しいと召し上がってくださって、それからなついていただけたんです」
「兄も自分も、食い意地だけは張っていましたからね。そうだったかもしれません」
刹那、凪徒と椿のこらえるような笑い声が聞こえ、モモも安堵の笑みを見せた。
──先輩、それを謝りたくて、お母さんに会いたいって言っていたんだ。
「それと……椿さん、一つお訊きしたいのですが……」
明るく交わされた空気が、再びピンと張り詰める。椿の承諾の返事の後、しばしの沈黙が続き、ややあって凪徒は言葉を繋いだ。
「モモが日本へ来ないかと尋ねた時、本当は貴女は……モモにロシアへ来てもらいたいと、考えていたのではないですか?」
──先輩──?
聞こえる凪徒の声は、穏やかで揺るぎがなく透明だった。
どれくらいの時が経ったのだろう。椿の二の句はなかなか継がれないまま、モモの鼓動の響きだけが不自然な音を奏で、黒々とした辺りの静けさを波立たせていた──。
★以降は2014~15年に連載していた際の後書きです。
いつもお世話様になっております♪
先日活動報告でもお知らせしましたが、仲良くしてくださっています まっさー様の作品『ジャイロボール魂』に、Momo色サーカスが出張公演を果たしました!
宜しければ【特別編 第8話】 第60話 オフのある1日 という回をご覧ください☆
まっさー様、この度は楽しいコラボレーションを誠に有難うございました!!
朧 月夜 拝
(残念ながら既に退会されていらっしゃいます(涙)。またまた覚え書きということでこちらに置かせていただきます<(_ _)>)
★次回冬編更新予定は二月一日です。




