[42]高揚と二人の手 〈N♡M〉
休憩時間が終わりを告げた。幕の合わさる隙間から、遠くに椿とカミエーリアが見える。一度館内が暗くなり、ステージの真ん中をスポットライトが照らし出した。それはゆっくり奥へと移動して、少女を隠す幕を目指した。
綺麗なドレープを描く布地が上がり、光はモモを包み込んだ。その瞬間に助走をつける。珠園サーカスでの登場と同じく、側転やバク転を繰り返し、普段ならバク宙でセンターまで躍り出るところを月面宙返りで合わせてみせた。
──お、おい……あいつ、はしゃいでんのか? やり過ぎだっちゅうのっ!
いつもと同様支柱の上で待つ凪徒は、その様子を見下ろして、心の中でツッコミを入れた。
この五日間まったくブランコに乗らなかったのだ。リハーサルを無事終えたとは云え、仕上がりきれていない身体でいきなり盛り上げ過ぎだろうと、モモのハイテンションに慄き、落ち着いてくれよと祈ってしまった。
モモが深く一礼を捧げ頭を上げた頃には、椿の周囲にはぞろぞろと団員達が集まり始めていた。皆二人の演舞を堪能しようと、ブランコのサポート役と音響照明係以外は、静かに見やすい席へと着いた。
モモは椿へニッコリと微笑み、観客側から見て右の支柱へ走り寄った。聞こえるBGMのリズムに合わせて、サポート役の団員の立つ足場に到着し、そこでパッと明るく華やいだ上空から、凪徒とモモ、そして二人のサポーターがにこやかに手を振りポーズを決めた。
──普段通りにやってくれよ~!
凪徒は宙の向こうのモモに訴えるように、ジッと少女を見据え、交互になるタイミングでブランコを流し始めた。それでなくとも高さや距離、会場の雰囲気がいつもとは違うのだ。そして──モモの表情も、全身から放たれる陽炎のようなオーラの色も、いつになく穏やかではなかった。気迫すら窺える不思議な力強さを凪徒は感じ取っていた。
──あいつ、何を考えてるんだ? 何をしようとしている?
が、飛び立つ準備の時が来た。二人は示し合わせてブランコに身を任せ宙を舞った。鮮やかなラインの見えそうな弧を描き、モモの輝きを放つ大きな瞳が、凪徒の困惑する顔に近付き掠めていった。
それでも中盤までは日本での公演と同じようにこなされ、眼下の観客もその技の美しさに魅了されていた。凪徒も気のせいであったかと思い直し、表情は明るく和らいでいた。次に繰り出されるのはあの大技だ。身体を立てたまま横回転をする、美しいモモの舞──。
凪徒は膝裏でブランコを掴み、両手を伸ばしてモモとのタイミングを計った。モモはブランクを感じさせず、それどころか今までで最高にキレの良い動きを見せていた。これなら見事に飛べるだろう。凪徒は穏やかな気持ちで、モモが手を放し飛び上がる瞬間を待った──が、
──早いっ!!
モモは必要な近さに到る前にブランコを自由にして上を目指した。凪徒は焦った。この距離で掴まえられるのか。──自分が近付く前に失速すれば、繋げないままネットに落ちる!
「モ……モっ──!」
凪徒は思わずその名を叫んでいた。──違う……あいつは、わざと早く飛んだんだ──落ち着け、凪徒! モモは全てを脳内でイメージする。身体で覚えるんじゃない、イメージを掴んで身体を動かす。あいつは『それ』を形にしたんだ……何処だ……モモを掴まえるには何処へ手を伸ばせばいい──?
──先輩……お願い、あたしをつかまえて──!!
モモはありったけの力で飛んでいた。自分を軸にして世界が巡る。一回転、二回転……凪徒を信じてもう一度──
突然地上から地鳴りのような観衆の声が湧き上がってきた。寸でのところで凪徒はモモの手首をつかみ、大技は最上級の形で成功していた。──スタンド・スピン三回転。モモにとって初めての完成──。
──こいつ……とうとうやりやがった……!!
モモの手首を握り締める手が一瞬震えた。モモがこの技で回転出来たのは、どうやっても二回転半までだったのだ。が、それでは後ろ向きでキャッチされる状態になるので、危険を避ける為に二回転までと決めていた。
「やったな! モモ」
遠いロシアでの二人の華麗なショーは、完璧以上のレベルで幕を降ろした。ステージの真ん中に走り寄り、凪徒はモモに喜びの笑みと声を掛けた。モモも満足そうに笑顔で見上げる。
「だが……お前、後でお仕置きだっ」
「え……?」
一転オオカミのような牙を見せ、グシャグシャとモモのお団子を掻き乱した。
「何で先に言わねぇんだよ!」
「す、すみません~出来るか分からなかったので……」
首を上下に振られながら、苦笑いと謝罪を続けるモモ。「出来なかったらどうするつもりだったんだ!? あんまり心配させんな!!」と一喝され、やっと解放されて髪をそそくさと整えた。
「あの……先輩」
プイッと横を向き腕を組んだ凪徒は、遠慮がちに掛けられたモモの声に身体を戻した。
「あたしと……握手してください」
「え?」
視線の先には、真剣な表情と伸ばされた右手があった。
「ああ……」
その雰囲気に気圧されてつい手を伸ばす。凪徒は意味も分からず、モモが入団して以来初めてとなる握手を交わした。
「ありがとうございました! 先輩」
「母さんに三回転見せられて良かったな、おめでとさん」
温かな大きな掌に包まれて、モモは柔らかく微笑んだ。少しばかり照れ臭そうなねぎらいの言葉に大きく頷き、そのまま顔が見えない程度にやや下を向いた。
──さようなら……あたしの、相棒さん……──。
「モモ?」
ブランコ以外で初めて繋いだ手が、別れを告げる挨拶になるなど、誰が想像したというのか。モモはそのまましばらく頭を上げられなかった。動いたら泣いているのがバレてしまう。
「ハラショー! ハラショー!!(凄い! 素晴らしい!!)モモ! ナギト!」
やがてステージに降り立った団員達が押し寄せて、モモの小さい身体を担ぎ上げ、胴上げを始めた。
「スパ……スィーバ!(あり……がと!)みんな……!」
お陰でモモの涙は、天へと消えた──。
★以降は2014~15年に連載していた際の後書きです。
毎度登場致しまして失礼しております(汗)。
以前子鞠様から頂きましたカッコイイ凪徒とカワイイモモの本番衣装イラストを、やーっと久々出て参りました空中ブランコシーン回である今話に置かせていただきました♪
こちら私の誕生日十一月十四日に贈っていただきました物ですから、モモの手にしている花は私の誕生花「百合水仙」でございます♡
子鞠様! お披露目が大変遅くなりましたが、モモと凪徒と私などまでも愛してくださり誠に有難うございます!! これからもどうぞ宜しくお願い申し上げます☆
朧 月夜 拝
★次回更新予定は一月二十六日です。




