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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
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[41]遠い地と違う相手

 椿とカミエーリアは女性専用のピンク・タクシーを利用し、開演三十分前にはニクーリン・サーカスへとやって来た。今日の観客はこの二名様のみだ。凪徒とモモを含む全員の笑顔が入口で彼女達を出迎え、そして歓待した。


「あら……まぁ……」


 さすがにこんな大勢が待ちかねていてくれたことはなく、椿は驚きの声を上げ、車椅子を押していたカミエーリアも、心を持っていかれたような眼差しで立ち止まった。


「カミエーリアさん、お母さん……ようこそ、オールド・サーカスへ!」


 練習着に着替え直したモモが、一歩を踏み出し二人を(いざな)う。譲ってもらった車椅子の後ろへ回り、会場へ向かって押し始めた。


 途中いつもと同じように並べられたグッズやスナックのコーナーを(のぞ)き、動物達とも写真を撮った。初めて母親と、そして娘と同じフレームに収まった二人は、一緒に並んだその姿を見てこの上なく感動した。


「本当に……私達だけ、なのね……」


 客席に着いた椿は、改めて周りを見渡し感嘆の息を吐いた。それでも二人に加えて凪徒とモモも、自分の出番までは一緒に観覧することにして隣のシートに座る。


「自分達の演舞のみでも構わないと申し上げたのですが、折角サーカスへ来ていただくのに、それでは『伝説のブランコ乗り』のお爺様に申し訳が立たないと、通常の公演と同じ演目で行なうことにしてくださいまして……場所をお貸しいただいただけでも大変有難いご対応だったのですが……」

「ご提案とお申し出、本当にありがとうございます、凪徒さん。桜社長様にも何とお礼を申し上げて良いか……」


 椿はこれ以上下げられないところまで(こうべ)を垂れて、凪徒に礼を捧げた。間に挟まれたモモも同じように感謝の言葉を告げ、凪徒は二人に慌てた仕草を見せた──その時。


「あ、ほら、始まりますよ!」




 オールド・サーカスの、煌びやかなショーの幕開けだ!




 ☆ ☆ ☆




 昨日も鑑賞した凪徒とモモに配慮したのか、演目は全て少しずつ違っていた。プードルの代わりに猫の曲芸、玉乗りの代わりにボールジャグリング(お手玉)の見事な技、ゾウの代わりにはゴリラのパレード……二人は昨日と同じ興奮を味わい、椿とカミエーリアもサーカスのメンバーとは時々会っていたが、ショー自体は久々だったこともあり、四人は心底楽しんだ。


 もちろん演目の間に登場するピエロは変わらず、滑稽(こっけい)飄々(ひょうひょう)としてプッと吹き出してしまうおかしさを見せる。モモは楽しそうに笑う母親の横顔に、珠園サーカスにもとてもひょうきんなピエロがいるのだと、暮を思い出してふふふと笑った。


 一通りのショーが終わって休憩時間がやって来た。モモと凪徒は立ち上がり、見やすいようにと前方に座っていた二人を、少し後方で高めの席へと連れていった。


「お母さん、それじゃ支度をしてくるね」


 少し腰を(かが)め母親に一言声を掛けたモモの手を、椿はしっかりと握り締めた。


「桃瀬、楽しみにしているわ。いつもの調子で、自分も楽しんで飛んでちょうだいね」

「お母さん……」


 自分自身も、楽しんで。


 ──そう……そうじゃなくちゃ、サーカスは意味がない。見せる側が楽しめなかったら、楽しいことなんて伝わらない。


「はい。お母さん、行ってきます!」


 モモは口元を引き締めて椿に(うなず)いた。先に背を向けた凪徒に続く。


 ──此処で……珠園サーカスでない此処で、芯から自分が楽しめて舞えれば、あたしはきっと何処(どこ)でもやれる。きっと……そのパートナーが、たとえ先輩でなくなったとしても。


 一瞬目の前が(かす)かに揺らいだ。いつの間にか涙で曇って、凪徒の背中がぼやけて潤んだ。


 ──あと何度残されているのか分からない先輩とのブランコ、思いっきり楽しもう!


 モモは瞳を覆う水の膜が乾いてなくなるように、一生懸命その高い影を追った──。




★次回更新予定は一月二十三日です。

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