[13]名前と祈り
「ああ、ありがとう、花純くん。さ、どうぞ。この紅茶はとびきり美味しいよ」
団長との繋がりで驚き固まったモモの目の前に、湯気の立ち上る愛らしいティーカップが差し出された。ふとその腕の先を見上げると、先程のメイド女性が微笑んでいた。
「あ……どうも、着替えの際には失礼しました」
モモは朝方の騒ぎを謝罪したが、花純と呼ばれた女性は笑顔のまま首を傾げるばかり。同じくモモも首を横にして、何故何も答えないのだろうと疑問に思ったが、
「部屋で会ったのは桔梗くんだよ。彼女達は双子の姉妹なんだ」
「えっ?」
そうして花純の背後から、全く同じ顔をした桔梗が焼き立てのクッキーを供した。
「そ……そっくり!」
「「双子ですから」」
一秒の狂いもなく返される二人の言葉。双子なのだから外見も声も息もピッタリなのは当たり前のことかもしれないが、ここには何の血の繋がりがなくとも自分と同じ顔をした少女が暮らしていたのだと、モモは改めて感慨深く顧みた。
「あ、そう言えば、お二人もお花の名前なんですね」
『かすみ』と『ききょう』──『桃』と同じく花を意味する。
「はい。明日葉お嬢様も植物の名前でございますよ」
「え……?」
そうして三人の会話を嬉しそうに見守る紳士の細められた瞳を見た。
「明日葉の名前は「明日の葉っぱ」と書くのだが、アシタバという植物と同じでね。知っているかい?」
「あ……前に聞いたことがあったような……」
「摘んでも明日には生えてくる生命力の強い植物だから『明日葉』。初めから身体の弱かった娘に、毎日明日が来るようにと付けたのだが、名前負けしてしまったかな……」
潤んでしまったことを恥じるように遠くを望んだ横顔、モモは胸の詰まる想いで掛ける言葉を探してしまった。
「ああ……すまなかったね。気にしないでおくれ。年を取ると涙もろくなるもので……そんな想い出にかこつけているのは重々承知でのお願いなのだが、水曜までの四日間、私の家族ごっこに付き合ってはもらえないだろうか?」
「でも……」
消極的に言葉を濁して、モモは深く俯いてしまった。見下ろした先の紅茶の中に自分の困った顔が映る。そして凪徒や暮、団長をはじめ全ての団員の笑顔が……。
「あのっ……本当に団長がこの誘拐騒ぎを起こすようにお願いしたんでしょうか? そうだとしても……きっと皆困惑していると思うんです。いえ……事の真相を知ったら、何故断って帰ってこなかったのかと怒るかも……昨日も公演に出られなくて迷惑を掛けたばかりですし、本当に申し訳ないのですが……」
モモは紳士の顔を見られなかった。話だけを聞いていれば、本来なら受けてあげたいのはやまやまだ。団長の意図は全く分からないが、けれどここで優雅に紅茶を飲んでいる場合ではない気持ちがした。
そんな様子を横から見つめていた紳士もまた、困ったように「ふうむ」と声を洩らして息を吐いたが、
「では……こうしないか、桃瀬くん? とりあえず今日の今日に公演復帰も無理だろうから、夕方まではお付き合い願いたい。その間にタマちゃんが誘拐に仕立てた理由を私が見つけよう。もし見つかったら……おそらく彼がOKした水曜日まで、君はここにいるべきだと思う。もちろん見つけられなかったら潔く、今夜中にサーカスへ送り届けることにするよ」
「はぁ……」
何となく紳士のペースに乗せられた感はあるが、団長の行動は気になっていた。モモは一度全てを反芻してとうとうその条件を呑み、最後に念のための確認として、紳士が団長と知り合いであることを証明する『何か』の提示を求めた。
彼は先程の花純を呼んで、書斎の本棚にある一冊のアルバムを探してくるように頼んだ。しばらくして持ち運ばれた古びた分厚い冊子を、懐かしそうに紐解いてみせる。
「うわっ」
指し示された一枚の写真を覗き込んだモモは、ついしとやかでない声を上げた。そこには紳士らしき若い男性と肩を組む笑顔の団長──口髭がないだけで、何もかも今と全く変わらない!
「そう言えば自己紹介がまだだったね。私は高岡 靖之。タマちゃんにはタカちゃんと呼ばれていた。ああ、こっちの写真は皆で海水浴に行った時だ。ほらっ、彼の太鼓腹、ちっとも変わらないだろう? ……そうそう──」
呆然としながらも眼だけは団長の写真に釘づけになってしまう。目の前のご馳走からお預けを喰らったまま、モモは小一時間“タカちゃん”の想い出話に付き合わされることになった──。
★次回更新予定は四月十二日です。




