[39]衝撃と襲撃
「ロージュ……(嘘……だろ?)」
支度を済ませて早速サーカスへ赴いた二人は、取る物もとりあえずブランコの練習を始めた。モスクワ滞在時も運動は欠かさないつもりでいたので、練習着の兼ねられるトレーニングウェアは持参している。それを纏っているため筋肉の動きまでは見えないが、ニクーリンのブランコ乗りに勝るとも劣らない舞を見せる子供のような少女を見上げて、団員の多くが我が目を疑っていた。
凪徒の動きは見ずとも、背格好・その表情から発せられる自信に満ちた雰囲気によって、それなりの演舞をすることは予想されていた。が、モモはロシア人から見れば小柄で華奢で、まるで小動物のように大人しい容貌からも、あれだけの精緻溢れるしなやかな動きが出来るなどとは、誰も思っていなかった。
「モモ~、一旦休憩だ!」
「あ、はい」
支柱に戻った凪徒から叫ばれ、逆の支柱を軽やかに降りたモモは、地上で唖然としながら静観していた団員達の視線を一気に集め、同じように言葉を失った。
──み、みんな見てた……。どうしよ……下手だな~って思われてるのかな……。
支柱の根元でおどおどしながらタオルを胸の前で握り締めたモモに、相変わらず表情もなく沈黙したまま近付く団員達。同時に降り立った凪徒は、まるでゾンビの集団に襲われるかのようなモモを遠目に見て、その異様な光景に思わず走り寄った。
「お、おいっ、……えーと……シトー ス ヴァーミ?(どうかしたか?)」
「……え? え!? あのっ……せ、先輩!」
団員達の壁に阻まれて見えないが、向こう側で戸惑うモモの救いを求める声が、その隙間から零れてきた。
「えっ……あっ、た、助けて! きゃああ!!」
「モモっ!?」
──ガシッ!! ムニムニ……
「……へ……?」
思わず飛び出る間抜けな一文字。
「モモ!!」
やっと割って入った凪徒の眼には、両腕をまくられ順に前腕をニギニギされる、涙ぐんだモモが映っていた。
「何されてるんだ、お前……」
「わ、分かりませんっ、あたしが教えてほしいです!」
やがて全員が『事』を済ませて、今度は凪徒がその集団に詰め寄られた。
「(何だ? どういうことだ!? ナギト!! どうしてあんな筋肉のない腕で、彼女は飛べるんだ!?)」
「どうしてって言われても……」
──俺の方がよっぽど知りたいっての……。
苦笑いを浮かべて「(これが人体の神秘って奴だな)」と言うより他なく、納得されないまま何とか諦めてもらった。
「あぁ……怖かった」
モモだけは襲われた理由に納得し、安堵の溜息をついた。十分ほど身体を休ませて、再び天を見上げたが、
「あの……先輩、本番の衣装を着けて、練習してみても良いですか……?」
ほんのり頬を赤らめて尋ねる。あの姿を見られるのはどうにも恥ずかしいが、避けていては練習が進まない。
「あ、ああ……そろそろ準備しておかないとな。んじゃ、着替えてこいよ。俺も着てくるから」
「はい……」
モモは凪徒の顔を見られないまま、俯いた視線を戻さず返事をして、いそいそと衣装室へ小走りで向かった。
凪徒はそんなモモを見送って、フッと息を吐き出し立ち上がった──。
★次回更新予定は一月十八日です。




