[36]躍る心とみなぎる自信
少しばかり待ちくたびれたような凪徒の許へ駆けつけて、モモは数人の団員に伴われ、凪徒とステージの真ん中に立った。
「高い……」
見上げる丸い天井だけでなく、両端の支柱の足場の高さも、支柱同士の距離も、珠園サーカスの物より高く長く感じられた。
「モモ、登ってみるか?」
「はい!」
いつものように正面観客席に向かって左にモモ、右に凪徒が支柱へ走り、勢い良く登り始める。足場に続くはしごの数も確かに多いが、二人の心には不安よりも、久々に飛べるというウズウズとした期待感が溢れていた。
「モモ、今日は普段着だから飛ぶなよー」
「は、はいっ」
それでもブランコを流して良いか訊いてもらい、許可が下りたので、早速支柱に掛けられていたブランコを宙で放してみた。赤い背景を流れる白線。思わず飛び出しそうな自分の心。
「後は明日だ。そろそろ降りるぞー」
振り子運動のタイミングを得た凪徒は、モモにそう呼び掛けて先に地面へ向かった。が、モモは了解の合図をしたものの、降りずにブランコの動きをじっと見つめていた。
「(ナギト、幾ら「伝説のブランコ乗り」のひ孫とは云え、あんな細っこい子供みたいな彼女が本当に舞えるのか?)」
戻ったステージ上で、モモを見上げる数人の団員達が、疑いの目を向け心配をする。
「(まぁ明日のリハーサルを見れば分かるさ。楽しみにしててくれ)」
凪徒は悠々とした微笑みで、皆と同じように依然ブランコを流すモモを見上げた。が、その少女の面がいつになく笑顔なことに気が付いて、何か不思議な予感がした。
──モモ?
そして上空のモモも。
──これなら……いけるかもしれない。
全身にゾクゾクと湧き上がる何かが膨らみ、肌が武者震いするように粟立った。明日──最高の舞を見せる。お母さんと、そして先輩に!
ブランコをキャッチした手に力を込めた。それと共に自分はやれるのだという手応えを掴んで、モモはブランコを戻し、凪徒達の許へ小気味良くはしごを降りていった。
☆ ☆ ☆
二人は見送ってくれた団員達にお礼を言い、歩いて椿のアパートへ向かった。既に夕闇が落ち始めて、昨夜降った雪の上は、淡い蜜色のヴェールに纏われているようだ。
「先輩、本当に有難うございます!!」
モモは何度そう言っても、言い切れない気持ちがしていた。まさかやっと巡り会えた母親に、日本からこんなに遠い地で自分の舞を見せられるだなどと、考えることすらなかったというのに──。
「礼はいいから、明日しっかりやれよ?」
「はいっ!!」
凪徒はモモのはつらつとした返事と笑顔に、やはりいつもと違う感覚を得ていた。──何だろう? 何を考えている?
しばらく凍える路地を歩いた先に、あの美しいレモン色の外壁が現れた。昨日と同じくエレベーターで辿り着いた六階にて、二人は同じカミエーリアの微笑みに優しく迎えられた。
「コンニチハ、モモ、ナギト……オゲンキデスカ?」
「わーっ、凄い! カミエーリアさん、こんにちは! お、お元気です~」
「お前が日本語おかしくなってどうすんだよ」
「あれ? あ、はい~」
恥ずかしそうに舌を出し、後ろ髪を掻き出すモモ。カミエーリアの温かな手に繋がれて、更に暖かな部屋と母親の許へと招かれていった──。
★次回更新予定は一月九日です。




