表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
123/154

[33]サーカスとサプライズ

 劇場へ続く清潔で明るいホールは、昨日も見た通り沢山の人で溢れ返っていた。幾つか種類のあるパンフレットの中の、写真付きで立派な冊子と一番手頃な物を買う。ゾウやトラ、オランウータンなど動物達と写真を撮る子供達や、見学しようと集まった群衆の中を、二人は惜しみながらもすり抜けた。入場口をくぐった途端現れた赤く丸いテントのような場内は、広過ぎず狭過ぎず、ショーを(じか)に肌で感じられそうな心揺さぶる空間だった。(註1)


 席には近さに応じて幾つかのグレードがあるが、二人は空中ブランコも良く見られるように、中間の高さの席を選んでいた。間もなく開演だ。あの珠園サーカスのショーを初めて見た時のワクワクした期待感が、二人の心を虹色に染め上げていった。


 演目は各十分~十五分程度で、動物を中心にしたショーが多く、鳥やプードル、馬の曲芸、特にゾウのこなす軽業(かるわざ)は素晴らしかった。あの巨体が小さなボールの上で静止したり、台の上で蛙立(かえるだ)ちをしたり……他にも人間による玉乗りやアクロバティックな演舞も多い。そしてもちろん空中ブランコも! 二人はその(あで)やかで華やかな、自分達の舞台では行われない幾つかの真新しい技に、(またた)きも惜しむほど釘付けになった。


 さすがに人生の半分以上を捧げたユーリー・ニクーリンの名前を冠するだけあって、ショーとショーの間を彩るピエロ達の掛け合いは、まさしく絶妙だった。滑稽(こっけい)でユーモラスな仕草は、ロシア語が分からなくとも大爆笑だ。凪徒もモモも暮をどんなに連れてきたかったことかと、楽しみながら胸の内では悔しく思っていた。そして珠園サーカスにも複数のピエロがいたら、更に面白くなるに違いないとほくそ笑んだ。


 中盤十五分の休憩を挟んだ約二時間のショーは、響き合う沢山の拍手に見送られ惜しまれつつも、瞬く間に終わってしまった。(註2) 退場する観客の晴れやかな笑顔を見上げながら、満足そうに大きな息を吐く。(ほとん)どの喧騒(けんそう)が流れ去っていった頃、それに続こうとモモもようやく立ち上がったが、隣の凪徒は腰を上げる気配もなく、


「モモ、トイレか?」


 自分の膝に頬杖を突き、ひょんなことを()いたので、モモは「え?」と言葉を返した。


「いえ、だってもう出ないと」

「いいんだ。これからスタッフが迎えに来るから、此処で待ってろ」

「……え?」


 訳も分からず、とりあえず隣の席へ戻るモモ。凪徒はそれを見下ろし、


「明日の公演、親父の金で貸し切ってやった」

「ええっ!?」


 ニンマリ笑って大それたことを告白した凪徒に、モモは思わずシートの上で飛び跳ねた。


「実際明日は休演日なんだが、事情を説明したら快諾してくれたんだ。これから団員と打合せをして、リハーサルと本番は明日だ」

「リ、リハーサル? 本番?」


 静まり返った場内に、モモのすっとんきょうな声が響き渡る。


「母さんに見せたいだろ? ──お前の舞を」

「あっ……──」


 鮮やかに決められた凪徒のウィンクと説明に、モモはハッとして両手で口元を覆った。──自分の演舞を、お母さんに──!?


「だから、な? 今朝の『アレ』位、ご褒美ってことでいいよな? なっ?」

「え……」


 凪徒の思いがけないプレゼントに、モモは感動で言葉を失い、涙さえ溢れそうになった。が、まるで悪戯(イタズラ)っ子のような言い訳をされて、途端見開かれていた(まなこ)は点になった。


 若干納得が行かないが、余りある贈り物であることには間違いない。それに──。


 ──先輩が、あたしの『あの姿』を『ご褒美』って言った──。


「こ、今回……だけは、許します……」


 モモは微かに鼻の頭を赤くし、横目で視線を外しながら、小さな声で承諾をした。再び立ち上がり、勢い良く身体を二つに曲げ、元気良く感謝の言葉を告げる。


「ありがとうございます! 先輩!!」

「礼は帰国したら、親父に言ってやってくれ」


 姿勢を戻したモモの笑顔に、はにかんだ凪徒の顔が(まばゆ)く反射をした──。




[註1]赤い場内:時期で内装が変わるようですので、現在は赤くないかも知れません。



[註2]公演時間:調べましたところ、公演時間が「一時間半」と「二時間半」の二つに割れまして、現状どちらなのか調べきれませんでしたので、間を取って「約二時間」と致しました。




★次回更新予定は十二月三十一日です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ