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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
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[31]二人の出逢いと意外な繋がり

「モモ……(まぎ)らわしい言い方すんなって。俺が説明するから」

「は、はい~すみません……」


 凪徒はぼそっと(つぶや)き、気まずそうなモモの返事に(うなず)いて、目をパチクリさせた椿の方へ顔を向けた。


「モ……あ、いえ、お嬢さんは中学卒業まで、あの施設で育ちました。自分は高校まで体操の選手だったのですが、色々と事情がありまして、大学の途中で巡業サーカスの空中ブランコ乗りに転向したんです。其処へお嬢さんは偶然入団されて、まもなく三年になります。彼女に空中ブランコを教え、パートナーを組んでいるのが自分です」


 ──椿さんは……どう思うのだろう?


 凪徒は一息に説明して、そして戸惑った。十七歳と云えば大半は女子高生としてまだ勉強している最中だ。施設暮らしの為に義務教育しか受けられなかったのだと再び自分を責めるのか。それも就職先がサーカスなんて、かなり異質であることは間違いない。以前の杏奈のように「危ないから辞めなさい」と説得するのか──凪徒は緊張の面持ちで椿の反応を待った。


 椿は一度おもむろに(うつむ)き、そして何かが込み上げるような感慨深い眼差しをしてモモを見上げた。


「血は……争えないのね……」

「え……?」


 (なつ)かしそうで嬉しそうなしみじみとした言葉に、モモは刹那驚きの声を洩らす。


「私の祖父は……貴女にはひいおじいさんね──オールド・サーカスで空中ブランコ乗り、だったのよ」

「「え? ──ええっ!?」」


 凪徒とモモの裏返った大声に、椿はくすくすと笑った。その隣のカミエーリアは、先程までの椿のように目を丸くしたが、笑いを(こら)えた椿から説明を受けて、同じくくすくすと笑い出した。


「だって……貴族で……?」


 凪徒もさすがに吊り目を丸くしてしまう。


「でも同じ貴族の生まれでありながら、親の反対を押し切ってサーカスの芸人になったドゥーロフ兄弟のことは、凪徒さんもご存知でしょう?」

「ええ……確かに」


 凪徒は遠い目をして、更に昔のロシア・サーカスの歴史を手繰(たぐ)り寄せた。


「けれど祖父の場合は、そうはいかなかったようです。ですから、たった三日だけ。祖父は子供の頃からサーカスが大好きで、どうしてもブランコに乗りたくて、学校の帰りに内緒でオールド・サーカスのブランコ乗りに稽古をつけてもらったのだそうです。そうして三日間だけ興行に参加をさせていただいたのだと……祖父の舞はとても美しく大好評だったそうです。後日是非スカウトしたいと、オールド・サーカスは他のサーカスの団長達に押し寄せられたそうですが、祖父は家を継がなくてはいけない身ゆえ、その一件には姿を現さず沈黙を通しました。それでもその後もオールド・サーカスの楽屋には良く通っていたようで、後々団長になられたユーリー・ニクーリンとも親交は深かったそうです」(註1)

「ニクーリンと!? あっ……だから椿さんのことも!!」


 突拍子もない事実にモモはいつもの如く絶句し、凪徒はやっとニクーリン・サーカスの受付嬢が椿のことを知っていた理由に辿(たど)り着いた。


「サーカスで私のことを聞いたのですね? 私も未だこちらに暮らしていた小さい頃、良く祖父に連れられてショーにも楽屋にもお邪魔致しました……まだユーリーが団長になる前のことです。彼のピエロ芸には大変楽しませていただきました。祖父は自分の演舞を見たことのない団員達にも「伝説のブランコ乗り」として知られておりましたので、亡くなった今でも内輪では語り草のようです。お陰様で大人になって帰国しても……こんな身体でも、オールド・サーカスのスタッフとは仲良くさせていただいているのです」

「はぁ……ああ──」


 感心と感激と驚愕と……沢山の想いが溢れ出た大きな溜息をついて、凪徒も黙ってしまった。目の前の母娘(おやこ)がロシア貴族の血を持つことだけでも仰天の域であるのに、その血筋に「伝説のブランコ乗り」と言われた人物が存在するなんて──。


「雪が随分積もってきたそうです。タクシーを呼びましょう」


 窓の外の様子を見たカミエーリアの助言を受けて、椿がにっこりと微笑み通訳をした。


 二人は心此処に在らずの状態で食事を済ませたが、タクシーの運転手が扉のブザーを鳴らした頃には、少し落ち着きを取り戻していた。モモははにかみながら「スパスィーバ(ありがとうございます)」とお礼を伝え、「アリガトウ」と片言の日本語で返してくれたカミエーリアと、名残惜しそうな椿から温かな抱擁を受け取り、凪徒はそれを満足そうな面持ちで見守った。


 明日夕にまた訪ねることを約束し、タクシーに乗り込んだ凪徒とモモはしばらく言葉が出てこなかったが、


「……今こそが、『あいつ』を使ってやる絶好のチャンスかもしれないな……」


 ──先輩?


 ポツリと独り言を(こぼ)し、ニヤリと笑う凪徒。その横顔はモモが目にする前に、車窓を彩る(あわ)雪の降る真っ黒で真っ白な空を見上げていた──。




[註1]ひいおじいさん:もちろん架空の人物です。




★次回更新予定は十二月二十五日です。

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