[12]紳士とタマ?
「随分盛り上がっていたようだね、部屋は気に入ってもらえたかな?」
「いえ……。あ、はい、お部屋は素敵だと思いました。でも洋服は普通に外を歩ける物を……ではなくて! あ、あたしをサーカスに返してくださいっ!!」
モモは陽だまりのバルコニーにて、ロマンティックなテーブルセットに腰かけていた。目の前の贅沢な朝食に胃を刺激されながらも、にこやかな中年男性に懇願する。
振り向けばヨーロッパのお城のような可憐で華やかな室内が見える。白と淡いピンクで統一されたまるでお姫様のための一室。それを人形用ではなく原寸大で体験出来るとは全く思いもよらなかった。
衣装はどうにも着る気持ちになれず幾度も嘆願して、何とかシンプルなワンピースにまでおさえてもらった。それでも普段のジャージやパーカーに比べたら天と地ほどの差のあるレベルだ。もちろん着替えの手伝いも丁重に断らせていただいた。
「すまないね……ちゃんと訳を話しておいで願う予定だったのだが、『彼』がこういうシチュエーションにしてくれと言うものだから。私のボディガードがそれでもかなり力を抜いたのだが……首の後ろはもう痛まないかい?」
「あっ!」
それでようやく昨日のことをモモは思い出した。──あの黒い革靴の男性と同じ声。背後からの衝撃は……『ボディガード』の手刀?
「あの……どうしてあたしを誘拐なんてしたんですか? アスハって誰のことですか? いつあたしをサーカスに戻してもらえますか?」
「……」
五十前後と見られる高級スーツの姿は、長身でやや恰幅が良く紳士然としていた。
男らしい一重の瞳にうっすらと水の膜が張られてゆく。そんな眼差しでモモを真正面に見つめた彼は、それからゆっくりと話し出した──。
☆ ☆ ☆
「明日葉は私の娘でね……君と同い年だった」
──だった?
モモは懐かしそうで寂しそうな紳士の俯いた顔に、ハッとした面を向けた。
「彼女は生まれつき心臓に疾患があってね。それでも随分頑張ったのだが、昨春ついにね……妻も元々病弱で明日葉を産んだ際に亡くなったので、私はとうとう独りになってしまった」
「……」
誘拐犯へ同情を向ける自分に複雑な想いがしないでもないが、モモはそれを聞いていつの間にか涙を浮かべていた。
「これが娘の写真だ。見てやってくれるかい?」
「あ、はい」
上着の胸元より取り出されたくたびれたパスケースから、柔らかな笑顔の少女が現れた。が、それは最も良く知る自分自身と瓜二つの面差しをしていた。
「え……!?」
「そう……君にそっくりなんだ、桃瀬くん」
「あの、それって……まさかここに娘として、ずっと暮らせと言っている訳では……?」
焦り慌てるモモの表情に、紳士はまるで娘を見るような温かな微笑みを見せた。
「さすがにそれは無理だと分かっているよ。だから今日から四日だけ……『彼』にも了承は得ているから、巡業の方には問題ない筈だ」
「『彼』……?」
確か少し前の会話にも出てきた気がするが、その時は前夜の拉致の件で頭が一杯だった。──『彼』とは一体?
「まぁ……いずれは分かるだろうから話しておくが……しかしタマちゃんも人が悪いな。君にも事情を話さなかったとは。でもまぁ、だからこそのシチュエーションと言えるだろうね」
「? タマちゃんって……もしかして珠園団長!?」
「そう、珠園だからね。“タマちゃん”」
団長を『タマちゃん』と呼ぶ紳士──彼は一体!?
★次回更新予定は四月九日です。




